ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 額に浮かぶ玉のような汗を拭いながら、サッチャン・マグガバイは必死になって走りながら考えていた。
 この世の物とは信じ難い虹色に輝く巨長の角が、厄災となって倒れて来る前の事である。
 重い鎧を身に纏い懸命に走るサッチャンは、蒼天の騎士隊の隊付として任務を全うする為のプランをずっと考えていた。
 糸の切れた凧のように、瞬く間に視界から遠ざかって行ったジーニアを、そうやっていつも行方をくらませてしまうジーニアを、どうすれば確実に隊本部へと連れて行く事が出来るのかというプランである。

 任務の発令者は蒼天の騎士隊三頭の騎士隊主席であり、今は副隊長という一時的な役職に付くバネッサ・アークシールである。
 サッチャンはバネッサの期待にはどうしても応えたかった。
 どうしても応えたい明確な理由があった。
 その理由とは、榊剣一と同じようにして、このナイトランドと呼ばれる見知らぬ世界に流れ着いたサッチャンの事を、親身になって世話をしたのが誰であろう超帝国の皇女でもあるバネッサであったからだ。
 ほんの少しでもいい、例え欠片程でも恩を返したいという一心で、サッチャンはこのナイトランドで毎日を過ごしているのである。
 しかし、そんなサッチャンの思いも、巨長の角と共に現れた白い謎の生物の登場により脆くも儚く崩れ去ろうとしている。

 サッチャンの〈 ジーニア捕獲計画 〉を破綻させんとする存在こそが、ジーニアとサッチャンの目の前で、茶色い麻袋を手に嫌らしくも恍惚の表情を浮かべるクエルノなのだ。
 そして同時に、クエルノはジーニア捕獲計画においての、最後の希望と成り得るかもしれない存在だと言う事にサッチャンは気付いてしまうのである。

 クエルノの天真爛漫な表情を悔しがるように伺うサッチャンであったが、ふとその脳裏に一縷の望みが白金のように輝き出すのであった。
 今回もそうであったが、クエルノは何故かジーニアの行く手に、いつもピンポイントで現れている。
 これには何かしらの理由が有るのかもしれないと感じたサッチャンは、先日のバネッサと王火雀との死闘が終わりを迎えた闘技場での事を思い出していた。
 それが、バネッサの言った「クエルノを従わせ掌握する事」という言葉である。
 新たなるプランの誕生と共に、薄っすらと笑みを浮かべるサッチャンの瞳の中が、クエルノに負けない程の嫌らしさで満ちて行く。

 そんなサッチャンの僅かながらの変化を、ジーニアの鋭い観察眼は見逃しはしなかった。
 クエルノの時と同様に、漠然とだがサッチャンの小さな異変に気付いたジーニアは「やーれやれ」と小さく溜息を溢すのであった。


 パンパンになった茶色い麻袋を掲げて、クエルノが嫌らしい笑みを浮かべている。
 ジーニアは無視してやり過ごそうとも考えたが、また面倒な事になると思い留まり、演劇の台詞を感情も込めずに棒読みするかのように聞いてみるのである。

「で、クエルノ。その麻袋の中には、いったい何が入っているのかな」
「おっ!? 知りたいか? ジーニアちゃん! どうしても知りたいのか!?」
「うん、知りたい知りたい」
「しょーがねぇーなぁー! こんにょヤロー!」

 微塵の感情も篭っていないジーニアの言葉にも、まるで気付いていない様子のクエルノは、この上無く上機嫌である。
 クエルノは縛られている麻袋の口を開くと、底の部分を掴み盛大に中身を放り出すのであった。

 茶色の麻袋からクエルノによって解き放たれたそれは、地味な麻袋とは対照的に派手で煌いていた。
 陽光に照らされ輝きながら宙を舞い、大地の重力に引き寄せられてボトボトと音を立て地面に転がるそれは、直径5センチ未満の大小様々な鬼豊石である。
 まさかこのような薄汚れた麻袋から、眩いばかりの宝石が吐き出されるなんて事を、ジーニアは夢にも思っていなかったのである。

「うーわっ! お前これっ!? どうしたんだよ!!」

 驚嘆し震えるジーニアの言葉には、先程とは打って変わり思い切り感情が乗っていた。
 予想もしない状況に、サッチャンも口に手を当ててジーニアと同様に驚いている。
 ジーニアとサッチャンの驚く姿に、クエルノは大変にご満悦な様子だ。

「ブッぷぷぷっ! さぁジーニアちゃん! あたしが稼いで来た鬼豊石だ。惨めに地面に這いつくばって、拾ったらええよ!」

 そうクエルノに言われるよりも早く、ジーニアは大地にばら撒かれた鬼豊石に飛び付き、四つん這いになって必死にそれをかき集めている。
 普段からのジーニアの言動もそうであるが、鬼豊石を集めるその姿には、蒼天の騎士隊の騎士隊隊長としての威厳など微塵も感じらるものではない。
 そんなジーニアの姿を愉快に眺めるクエルノに対して、サッチャンは薄く目を開け「わざわざ、ばら撒かなくても良いのに」と哀れむ様な引いた目で、夢中に鬼豊石を拾うジーニアを眺めているのであった。

 興奮するジーニアが小山にかき集めた鬼豊石の数は、ざっと見ただけでも100個以上にも及んでいた。
 大きさや色も、その形状も様々な鬼豊石を、ジーニアの鑑定眼は素早く鑑定を下している。

「っおい、クエルノ! これなら軽く見積もっても100万円°にはなるぞ!」
「ブッぷぷぷ、凄いだ・・・ろ。っんーーー???」

 ジーニアの鑑定結果にも得意気なクエルノであったが、自身の見積もりとは随分な差が生じたのであろうか、その表情が急速に強張って行くのであった。

 アークシール超帝国の通過単位は〈 円°エンド 〉である。
 世界中の多くの国々がエンドという通貨単位を採用している事や、超帝国での通貨流通量が世界経済を主導するだけの力があるという事で、エンドという通貨単位は世界の基軸通貨ともなっていた。
 クエルノが持参しジーニアが鑑定した鬼豊石の山は、そのエンドという通貨単位にして100万エンドの価値があるという。
 この金額にクエルノは、悲鳴にも近い声で叫ぶのである。

「ひゃ、ひゃ、ひゃきゅみゃんえんどだとぉー!!」

 余りの金額の大きさに、噛みまくりのクエルノは驚きで酸欠状態なのか、水面に浮かぶ魚のように口をパクパクさせていた。
 呆れた顔で眺めていたサッチャンも、この金額には流石に驚いている。
 クエルノとサッチャンの2人はジーニアに加勢すると、散らばった残りの鬼豊石をかき集める為に、四つん這いになって地面に這いつくばるのであった。


 興奮の中で3人が派手にばら撒かれた鬼豊石を集め終わると、サッチャンはクエルノに対して素朴な疑問を持った。

「クエルノさん、こんなに多くの鬼豊石を何処でどうやって手に入れたんですか?」
「っん!? そりゃあ、もちろん商売して稼いだんだぞ!」
「・・・商売!?」

 こんな奇妙な生物が商売をしているとは、一体どういう事なのだろうかと、サッチャンは怪しみの目を、クエルノの頭の上から足の先に向けていた。
 クエルノの商売の話など、ジーニアやバネッサからも聞いた事が無いサッチャンは、単純に疑ってしまうのである。

「・・・まさか、この鬼豊石って盗品なんじゃないですよね?」
「と、と、盗品だとぉー! こんにょヤローのサッチャンちゃん! 世の中にはなぁ、言って良い事と悪い事があるんだぞ!」

 サッチャンに盗人呼ばわりされては、幾ら沸点の低いクエルノとは言え、怒り出すのは至極当然であった。
 しかし、何か手探りの中で意図を持つサッチャンは、別の角度からも追求の手を緩める事はしなかった。
 サッチャンの視線が、生地にしても装飾にしても一目で高級品だと分かる、クエルノがいつも纏っている裾がボロボロになったマントに向けられる。

「以前から気になっていたんですけど、そのマントって蒼天の騎士隊で支給されてる物ですよねぇ? しかも騎士隊三頭が身に着けている特別に高価な物のはずです」
「っえ!?」

 クエルノはサッチャンの言葉に、明らかな動揺を隠せないでいた。
 どうやらクエルノがいつも身に着けているこの高級なマントは、本来は蒼天の騎士隊三頭が所有する物のようである。

「そのマント、どうやって手に入れたんですか? ・・・まさか、それも盗品なんじゃないですよねぇ?」

 サッチャンから執拗に疑いの言葉を浴びせられるクエルノの顔が、燃え上がるようにして急激に赤くなって行く。

「さっきから聞いていれば、あたしを散々盗人呼ばわりしやがってっ! いい加減その辺にしとかないと、ブッ殺すぞぉ! こんにょヤローのサッチャンちゃんよぉ! 」

 怒るクエルノがサッチャンに向かって、凄みながら歩み寄って行く。
 殴り掛かろうとでもしているのか、クエルノの両の手は固く拳に握られているのであった。
 しかし、凄むクエルノの進行はピタリと金縛りにでもあったかのように、サッチャンの言葉と共に止まってしまうのである。

「あなたに私が、殺せるんですか?」

 いつの間にか鞘から抜かれたサッチャンの剣の切っ先が、クエルノの額に冷たくそっと向けられていた。
 細められたサッチャンの瞳が、まるで何人も斬って来た者の目のように妖しく光っている。

「っへぇ・・・!?」

 クエルノは力の抜けた声を上げる事しか出来なかった。
 余りにも突発的な出来事で、自らが置かれている状況が、まったく理解出来ないでいるのであった。







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