ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 果ての知れない広大なナイトランドの大地に横たわるのは、陽光を受けて輝く虹色の巨長の角。
 鉱物の専門家でも無い限り、この巨長の物体が生物の角であるかなど検討も付かない事だろう。

 巨長の角が演出する幻想的な眩い虹色の空間に「うぅん・・・ こほん」という、遠慮がちに小さな咳払いが一つ生まれた。
 咳払いを生み出したのは、蒼天の騎士隊で支給されている青みを帯びた旧式の鎧で身を包み、ポニーテールに結われた髪型が良く似合う少女であった。
 ポカポカと暖かい陽気と真っ向から対峙する、真冬の空気のように冷たく乾いたサッチャンの視線が、ジーニアとクエルノに刺す様にして注がれている。

「あのぉー、いつまで2人でじゃれ合ってるんですか?」

 サッチャンの言葉に真っ先に反応したのは、自慢の角をジーニアに掴まれて、短い手足を忙しなくバタつかせていたクエルノであった。

「っん!? おっ、サッチャンちゃんじゃねぇか!」

 大きな目を無邪気に輝かせるクエルノと、サッチャンの視線が交差するのであった。

 特に明確な理由が有る訳ではないのだが、サッチャンはクエルノを苦手としていた。
 それは例えるならば、クエルノが人を呼ぶ時の「ちゃん」付けに関してもそうだ。
 サッチャンをちゃん付けで呼べば、その響きはどうしても馬鹿にしているような感じとなる。
 しかしクエルノはと言えば、決してサッチャンを馬鹿にしているわけでも、ふざけているわけでも無い。
 クエルノに取っては至って普通であり、大真面目な事なのだ。

 クエルノのそう言った所が、サッチャンからして見れば付き合い辛いという感覚であり、どう接したら良いのか、どう扱ったら良いのか分からないと言った感覚になっているのであった。
 この事以外に関してもクエルノの意味不明な言動からすれば、サッチャンに限らずクエルノを苦手としない者の方が珍しいのかもしれない。
 超帝国の皇女であり、蒼天の騎士隊主席であるバネッサをはじめ蒼天の騎士達においても、クエルノを苦手としていない者はジーニアぐらいなものである。
 そんな事を知ってか知らずか、クエルノはいつもの調子でサッチャンに接して来るのであった。

「サッチャンちゃん、久しぶりだな! ちゃんと美味いもん食ってるか!?」

 ジーニアの手から解放されたクエルノが、ふわりとマントを翻しながら右手を挙げて歩いて来る。
 クエルノへの苦手意識が動作となって現れたのだろう、サッチャンは後方へ1歩2歩と後退りをしてしまうのであった。

「っん!? サッチャンちゃんどうしたんだ? 何かあったのか?」
「・・・い、いえ、別にどうもしてませんよ。クエルノさん、お久しぶりです」

 歯切れ悪く答えるサッチャンを目の前にして、クエルノは自分の角がサッチャンの命を危険に晒したのだという事実に、まるで気付いてもいなかった。
 サッチャンは喉の辺りまで出掛かった「あなたのせいで死にそうになったんだ」という言葉を、諦めるように強引に飲み込むのであった。

「・・・・・!?」
 ふと、サッチャンが何かを察知するように、クエルノが転倒するまで持っていた、今は地面に転がる茶色の麻袋に目に移した。
 パンパンに膨れてた麻袋の裏側で、黒い影が蠢めいている。
 今が動くべき機会だとばかりに、その黒い影は帝都アクシルへ向かって不気味な動きで移動して行く。
 2本の毒々しい角を生やした黒色の生物は、這っているのか走っているのかも判別できない動きである。
 サッチャンがその生物に目を止めると、指を差しながら声を上げるのである。

「・・・っあれ!? あれって、魔鬼じゃないですか!?」

 その黒色の生物は、クエルノの可愛らしいお尻に噛り付いてた小型の魔鬼であった。

「っあ、そっか、忘れてた!」と言うジーニアが、自身の左腰に携えていた剣の鍔に左指を引っ掛ける。
 ジーニアの左指が素早く虹色に輝く球状型の鍔を弾くと、鞘から弧を描きながら勢い良く剣は解き放たれた。
 左腰から右頭部の上付近まで、対角線上に弾かれた剣が一回転して束の間の滞空状態となる。
 宙を舞う剣、その球状型の鍔をジーニアは即座に右手で握ると、逃げ惑う魔鬼に向かって槍を投てきするように放った。
 ジーニアの一連の動作は、まさに曲芸のようである。

 放たれた剣の切っ先が、ザラ付いた音と共に魔鬼を串刺しにすると、魔鬼の短い唸り声を乗せた剣は、そのまま大地に突き刺さるのであった。
 クエルノが意気揚々と飛び跳ねながら、大地に刺さる剣の元へと駆け出して行く。

「ブッぷぷぷっ! ほんと、ジーニアちゃんは容赦ねぇよな!」
「当たり前だろ、小さくてもそいつは容赦無く人を喰らう魔鬼だからな」

 剣に貫かれもがいていた魔鬼の動きがピタリと止まり蒸発して行く。
 絶命した魔鬼からゆらり立ち昇る蒸気は、すぐさま大気へ溶け込んで行き、米粒よりも小さな輝く鉱石を一つ残して完全に消えて行った。

 クエルノは嬉しそうな表情で、魔鬼が残した赤い色をした鉱石を拾い上げると、大地に突き刺さるジーニアの剣の柄を握り引き抜くのであった。
 剣の切っ先を地面に引き擦りながら、ジーニアの元に駆けて来たクエルノが
「ほれっ!」と、健気にも回収して来た剣をジーニアに手渡してやる。
 剣を受け取るジーニアが「オブリガ!」と言うと、すかさずクエルノは「デナダ!」と答えるのであった。

 ジーニアとクエルノの聞き慣れない言葉に、サッチャンは不思議そうに眉をひそめる。

「2人して何を言っているんですか!?」

 サッチャンの小さな疑問にジーニアが答えてやる。

「今のさぁ、何処かの国のあいさつの言葉らしいんだよ」
「へぇー、そうなんですね」
「ずっと前にある街で出会った旅人に教えて貰ったんだ」
「ナイトランドって色んな人種がいますもんねぇ。色んな言葉があって当然かぁ。私なんて初めて見る人種ばかりで、実はけっこう戸惑っているんですよ・・・」

 そう言いながらサッチャンは、おもむろにクエルノをジッと見詰めるのだが、それに応える様にしてクエルノは意味も無く、キレッキレな動作で右手で挙げるのであった。

 クエルノは右手を下ろすと、ジーニアに左手を差し出した。
 その手に握られているのは、先程拾い上げた赤色をした米粒よりも小さな鉱物である。

「ほれっ、ジーニアちゃん! これは幾らで売れる?」

 ジーニアはクエルノから鉱石を受け取ると、それを太陽にかざしマジマジと眺めるのであった。

「これは値が付かないな。小さ過ぎるし濁ってるからな」
「そうなのか」

 ジーニアの残念な鑑定結果に対しても、クエルノは平然としていた。
 いつものクエルノなら、この結果に対して「ふざけるなぁー!」と暴れるであろう、あのクエルノがである。
 もちろんジーニアがその事に気付かないはずも無く、隠し事なのか何かを企んでいそうなクエルノに向かって、怪しむような視線を投げていた。

 クエルノがジーニアに渡したこの鉱物は、一般に〈 鬼豊石きほうせき 〉と呼ばれている価値を持つ宝石である。
 この鉱物についての学者や専門家の見解では、魔鬼の体が消滅する事によって残された核〈 魂の理 〉なのだとされている。

 鬼豊石の主だった換金先は、騎士組合であるナイトメディア各支部となっているが、ナイトメディアを通さずとも金銭や物資と自由に取引する事が可能であった。
 それはつまり鬼豊石自体が、貨幣としても通用するという事である。
 鬼豊石の価値はまさにピンキリであり、今回ジーニアが鑑定したような価値の無い鬼豊石もあれば、それこそ城が建てられる程に高価な鬼豊石も存在する。
 賞金稼ぎを生業とする多くの騎士や討伐ハンターにして見れば、一攫千金を夢見て命を賭してまで追い求める価値は充分にあるのであった。

 ジーニアが鬼豊石の鑑定に長けている事は至極当然の事であった。
 蒼天の騎士隊での任務や個人的にも魔鬼を討伐する事は日常であり、その都度に手に入れる鬼豊石をナイトメディアで鑑定換金しているからである。
 誰よりも多くの鬼豊石を目にしているジーニアの鑑定眼は、ナイトメディアの鑑定士に勝るとも劣らないものなのであった。

 そんな大層な鑑定眼を持つジーニアが、何かが妙なクエルノの態度を疑いの目でジッと見ていた。

「・・・ブッぷぷぷっ!」

 ジーニアの視線に堪り兼ねて、クエルノがせきを切ったように笑い出した。
 クエルノは自らが担いで来た茶色い麻袋の所へ行き手にすると、ジーニアの前で麻袋を派手に叩いてみせるのであった。
 パンパンになった麻袋を叩くクエルノは、両の口角を引き上げて、大きな目をトロンとさせている。
 クエルノの表情が、嫌らしさで満ち溢れて行くのであった。







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