ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 天上から降り注ぐ流れ星という名の隕石類が、その身に直撃し命が危険に晒されるなどという状況は、一体どれだけの確率で起こり得るものなのだろう?
 それはおそらく、よく言う天文学的数値と例えられる確率となるであろう。
 では、空から降って来る、とある生物の〈 角 〉が、その身に直撃し命が危険に晒されるなどという状況は、一体どれだけの確率で起こり得るものなのだろう?

「そんな事は絶対に起きはしない。起こり得る確率などゼロに決まっている」と、誰もが答えるに違いない。
 しかし、ここナイトランドでは、絶対に起こり得ないそれが、日常のように現実として起きてしまうのだ。


 その角は度を越して余りにも長い物であった。
 これは、見る者を呆れさせてしまう程の巨長の角を頭部に携えたクエルノが、バランスを崩し転倒する事により引き起こされた、瞬く間の珍事であり惨事である。

 天空に鎮座する3つの太陽の強烈な光を受けて、虹色に眩いばかりの輝きを放つクエルノの巨長の角が、祭りの昼花火とはまた違う鋭利な爆音を上げて、広範囲に渡って辺りを砂塵の煙幕で包み込んでいた。
 天災とも呼べる余りにも突発的な出来事に、巨大樹での一時の休息や戯れていた翼を持つ生物達が、激しい鳴き声と共に砂塵の煙幕から抜け出し、その外の平和な青空へと一斉に羽ばたいて行く。
 そして、翼を持たない生物達は、その身を固く強張らせ、ジッと爆音の発生源を凝視しているのであった。

 時に、避ける事の出来ようのない突然の厄災にまき込まれてしまったサッチャン・マグガバイの安否が気に掛かる。
 砂塵の煙幕が柔らかな風に煽られ、次第にゆっくりと流されて行き視界が利く様になって行った。
 煙幕の中に薄っすらと現れたのは、鎧を身に纏うサッチャンの姿であった。
 絶体絶命の状況だったはずのサッチャンなのだが、何故か幸いにもクエルノの巨長の角に押し潰される事なく無事のようである。

 砂塵の煙幕がすっかりと薄れた中で、上体を大きく仰け反らし腰を抜かし尻餅を付いてへたり込むサッチャン。
 自らの目をゆっくりと恐る恐る開けて行き、薄目で状況を確認するのである。
 どうにか視界は利いている。
 そして驚きで目を見開くサッチャンの眼前には、迫るようなクエルノの巨長の角が、何故かピタりと静止しているのであった。
 巨長の角との距離は実に5センチ未満、まさに目と鼻の先という慣用句を地で行っている状態である。

「た、助かった・・・ みたい!?」

 助かった事を不思議に思いつつも、安堵の声を絞り出したサッチャンは、目を丸くしながら慌てて巨長の角の下から這い出ると、自らが助かった理由へと視線を移すのである。
 視線の先、サッチャンの瞳にその答えが映し出されるのであった。
 サッチャンを絶体絶命の危機から救った答えこそが、ジーニア・ブレイブの左腕であったのだ。

 それは、甚だしいまでに信じ難い光景であった。
 ジーニアの左腕は頭上に掲げられ、幾筋もの大きく脈打つ血管を浮かび上がらせながら、その先の左手がクエルノの巨長の角を受けて止めているのである。
 片手で巨長の角を支えるジーニアの腕には、一体どれ程の衝撃と重量が襲い掛かっているのだろうか、常軌を逸した巨長の角であるが故に、それを想像するのは容易な事ではなかった。
 例え巨人族であったとしても、この巨長の角を片腕ひとつで受け止める事など不可能であり、たちまちの内に潰されてしまう事であろう。

 すっかりと砂埃の晴れた中、ミシミシと鈍い音が辺りに響く。
 それはジーニアの全身の骨が軋む音なのか、それともクエルノの角が軋む音なのか?
 その答えは、次の瞬間に明かされる事となるのであった。

 クエルノの巨長の角を左腕で支えるジーニアが、その左手に力を加えると、5本の指が角の中に沈み込むようにめり込んで行った。
 するとジーニアが左手で掴む位置を基点として、ピシピキと鋭い音を立てながら、角には無数の亀裂が勢いよく走るのである。
 そしてその角に走る亀裂を追い越すようにして、虹色に輝く巨長の角は、大樹が折れるが如く鈍くて鋭い音を立て、爆ぜる様にして砕け散って行く。
 真っ二つに折れたクエルノの巨長の角が、再び大地を震わせ砂埃を舞い上げるのであった。

 角の土台であり本体であるクエルノはと言えば、角が折れる反動によって、派手に体の正面を大地に打ち付ける格好となった。
 それはつまり、大地に顔面を強打したと言う事である。
 クエルノは痛みに喚くでもなく、伏した状態のままで砂に塗れ沈黙をしていた。

 しばらくの間の後、クエルノが砂だらけに汚れながらもゆっくりとして立ち上がる。
 キョトンとした表情のクエルノは、一体何が起こったのかまるで理解出来ていないといった様子だ。
 クエルノが静かに前を見据えると、そこには何事も無かったかのようにいつもの笑みを見せているジーニアの姿があった。
 クエルノは何か重大な事実に気が付いたように、眼前で無残に横たわる自らの角に目を止めるのである。
 その表情が次第に驚きから険しいものへと変貌して行く。
 今、クエルノの胸中には、一体何が沸き起こっているのだろうか。

 状況を理解したクエルノは、静かに怒っていた。
 プルプルと寸胴型の小さな体を震わせながら、腹の底が煮え繰り返る程に怒っているのである。
 折れたクエルノの巨長の角が、頭部の根元から生え変わるようにして地面に落下して行く。
 クエルノの静かな怒りが、突如として腹の底からマグマのように噴出すと、顔中に無数の青筋を立て震えるような叫び声を上げながら、ジーニアに向かって猛然と駆け出すのである。

「なーに、してくれてんだっ! こんにょ、ヤロぉーー!!」

 短い手足と羽織るマントをバタつかせながら激昂し駆け出すクエルノの頭部からは、見る見る内に新たな角が生え出すと、巨長の角とは異なる形の角が成形されていった。
 新たな角の形状というのは、くるりと前方に円弧を描くように突き出た長さにして4、50センチの立派な角張った2本の角であり、先程まで生えていた巨長の角と同様に太陽の光を浴びて宝石を思わせるように虹色に輝いている。
 巨長の角とは形状が違うだけで材質は同質であり、どうやらこの角の形状こそが、クエルノ本来が持つ角の形のようであった。

 クエルノは真正面からジーニアの両肩に飛び付くと、自らの顔の左側の向きを斜に構え、元々大きい目を更に拡大させながら、ジーニアの顔を覗き込むようにして顔を近付けるのである。
 その距離、実に10センチである。
 いつもはヘラヘラとしているジーニアも、親子や恋人でも無い怒り狂ったヘンテコな生物が、自らの視界を覆う至近距離に迫っている事に対し、不快を感じて堪らず顔を背ける。

「ちょっと待て。近い近い、流石に近過ぎるよ・・・」
「うっるせー! あたしの自慢の角だったんだぞ! なーに、派手に折ってくれてんだっ! えー、ジーニアちゃんよぉ!」

 問答無用とばかりのクエルノは、ジーニアの訴えなどまるで聞く耳を持たない。
 それどころかクエルノは「こんにょヤロー! ブッ殺すぞぉ!」と喚きながら、自らの顔をグルグリとジーニアの顔に擦り付けながら凄んでみせるのであった。
 その距離、遂にゼロ距離である。
 状況を知らない者が傍から見れば、ジーニアとクエルノがじゃれ合ってる風にも見えなくもないのだが、現実は違うのである。
 流石に堪り兼ねたジーニアは、サッチャンに教わったばかりの言葉をクエルノにぶつけてやるのであった。

「あのさぁ、これたぶん、さっきサッチャンから聞いたセクハラってやつだぞ」
「裂く腹で責任とれっ! こんにょヤローのジーニアちゃんよぉ!」
「いや、めちゃくちゃ惜しいけど、サクハラじゃなくてセクハラだから」
「うっるせー! 裂く腹で五臓六腑を引きずり出すぞ! こんにょヤローが!」

 突っ込むジーニアの言葉は、興奮して恐ろしい事を口にするクエルノとはまるで噛み合っていない。
 そして、クエルノは追い討ちを掛けるように、検討違いで的外れな言葉をジーニアに浴びせ続ける。

「そんなにあたしのナウくてイカした立派な角が羨ましかったのか!? えー、こんにょヤローのジーニアちゃんよー!」
「いや、ぜんぜんナウくもイカしてもないだろ?」
「なぁんだとぉー、こんにょヤローがぁーー!!」

 火に油を注いでしまったジーニアは慌てて訂正する。

「いや違った違った。ナウくてイカした角だけど、俺は微塵も羨んでないから」
「えっ!? そうなの?」

 ジーニアの顔から自らの顔を離したクエルノがキョトンとする。
 この状況になれば、ジーニアはたった2文字「そう」と、返事をするだけで良かった。
 すると例によってクエルノは、気分を取り戻したように「な~んだ、じゃ、いいや!」と、上機嫌な顔でジーニアの言葉に頷き落ち着くのであった。

 もはやクエルノが何を持ってして納得しているのかについては、この場ではいったん世界の大いなる謎の一つだという事にしておくとしよう。

 なぜならば、特に理由など無いであろうから・・・

 それを物語っている様に、いつの間にやらジーニアのすぐ傍で佇んでいるサッチャンの目には無常が溢れている。
 クエルノとジーニアの訳の分からない掛け合いを、巨長の角の難から逃れたサッチャンは冷淡な笑みを浮かべて、ジッと静かに眺めているのであった。







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