ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 もう少し経てば降り止んでくれそうな気配漂う小雨の中、皇帝大宮殿のバルコニーで剣を構えていたエドゥワードが、印道術の発動を解除した事を、レムの機巧化された右目が確認した。
 エドゥワードの脅威が去り、緊迫のやり取りの末に緊張の糸が緩んだのだろう「ふぅーーー」と、レムが安堵混じりの大きな溜息を付くのである。

「レム、どうかした?」
「いやいや、何でもない何でもない!」

 バネッサの声に少し驚き過敏に反応してしまうレム。
 そんな慌てて取り繕うレムを、バネッサは訝しげの目で見てやる。

「さーてとっ!」無理やりにいつもの調子に戻るレムであったが、自身の手を見れば、指先から光の粒子がゆっくりと徐々に大気中へと拡散して行っている。

「バネッサ、お別れの時間だよ」
「・・・そうみたいね」

 寂しそうな表情で見詰めるバネッサをよそに、指先から腕へ、そして足の指先から脚へと、光の粒子は拡散して行きレムの姿が薄れて行く。
 そんな中、レムは思い出したように口を開くのであった。

「そうそう、あの無茶苦茶する銀髪の隊長君にもヨロシク言っといてよ!」
「えぇ、分かったわ」と最後は微笑んで頷くバネッサ。
「そんじゃぁ、バァーハ ハーイ!」と、ニカニカな笑みと共に、レムの姿が消えて行く。

「実は、アーバン・・・は、黒・・・殺さ・・・れ・・・」
「・・・!?」

 消え入る直前に何かを口にしたレムであったが、その言葉をバネッサは聴き取る事は出来なかった。
 レムは最後に、バネッサにこう言ったのだ。
「実はアーバン・ソルティスは、黒騎士の1人に殺された」と。

 レムが何を言わんとしたのか、腑に落ちない様子のバネッサではあったが、自身やこの世界の人々が知る由もない、何かとてつもなく重大な事態が、レムの居る世界では起きているのだろうと予感めいていたのである。

 死闘の最中であれだけ激しかった雷雨も次第に勢力を弱め、今では雨粒一つ残さずにすっかりと降り止んでいる。
 雲の隙間から太陽が見え隠れする空の下、異界の住人であるニカニカ顔のレム・シューガナイザーの姿は、こうしてこの世界から完全に消えて行ったのであった。



 闘技場のあちらこちらからは、建造物の崩れ落ちる壊滅的な物音が、雨は降り止んでいると言うのに、耳に残る雨音の残響を掻き消すようにして聞こえて来る。
 王火雀との激しい死闘によってボロボロの状態になったのは、バネッサの心身だけでなく闘技場もまた同じなのであった。
 地面は抉れ、建造物の柱や壁に回廊と、それはもう酷い有様である。

 蒼天の騎士隊員達が控える闘技場観覧席においても、王火雀の凄まじいまでの攻撃によって、廃墟さながらに形ある物が崩れ破壊されていた。
 壮絶な死闘の成り行きを見守っていた騎士隊員達は、自らの想像の遥か先にある戦闘を目の当たりにした事で、驚きの連続に誰もがポッカ~ンと口を開け佇んでいるのであった。

 戦闘の最中で絶え間なく暴れていた風雨も、今は嘘のようにすっかりと降り止み、隊員達の口の中へと飛び込む物好きな雨粒の姿は何処にも見当たらない。
 そんな中において、この場に居合わせる隊員達と同じく激しく動揺した心境であろうサッチャン・マグガバイが、重くなった腰をゆっくりと上げながら一言呟くのである。

「これが蒼天三頭そうてんさんがしらの力、そして、バネッサ副隊長の印道術の力・・・!?」
「あぁ、そうだ。ただ戦いを終わらせた最後の術式は、極々限られた印道術師にしか扱えない特殊なものだけどな」

 サッチャンの隣で立ち上がるランブレ・オールディンが、サッチャンの肩を軽く2回叩きながら応えると、同じく立ち上がりながらリンネ・フランネルが小さく呟くのである。

「彼女の印道術は、人間には余りにも過ぎた力、許されない力・・・」

 意味深長な言葉と共に、リンネの眼差しがバネッサへと静かに向けられているのであった。


 サッチャンや蒼天の騎士隊員達が居る観覧席の向い側では、榊剣一と同年代である若き蒼天の騎士、コール・モディライトとアッシュ・スイングリーの2人が、バネッサと王火雀との壮絶な死闘に幕が下ろされ事に、心から安堵の溜息を漏らしていた。
 2人は円形闘技場で繰り広げられた激しい戦闘の最中、階段状に配置される観覧席中腹にある闘技場の出入り口へと続くこの回廊まで、意識を失っている剣一を何とか担ぎ上げ死闘の行方に注目していたのだ。

「・・・いったい、何だったんだよ」と、コールが唖然としながらも無理やりにそう言葉を吐くと、アッシュが「・・・さぁ」と、これまた唖然としながら誰にともなく答えるのであった。

 バネッサが扱った印道術という道術を、初めてその目にしたコールとアッシュもサッチャンや他の騎士隊員達と心情は似たようなものなのだろう。
 この場にいる騎士隊員の中で、以前に一度でも印道術を目にした事があるのはランブレとリンネだけなのである。
 サッチャンやコールをはじめ、騎士隊員達の誰もが驚きを、更には恐怖や興奮と言ったあらゆる感情を隠せないでいるのも無理もない事なのであった。

 実はこの場に居合わせる蒼天の騎士隊員は、バネッサ、ランブレとリンネの3人を除き、先の巨人族との大戦の後に入隊した者達ばかりであり、蒼天の騎士隊3個部隊の内の2個部隊である陽射ひざし部隊と陽向ひなた部隊に所属する隊員達である。
 この2個部隊に所属する隊員達は、まだまだ騎士となって年数の浅い者も多く、当然のように実戦経験の少ない隊員達ばかりなのであった。

 ランブレとリンネは、それぞれが陽射部隊と陽向部隊の各部隊で部隊長を務めている。
 2人が蒼天の騎士隊3個部隊の内の1個部隊であり、何かと曰くの多い陽溜ひだまり部隊の一隊員から各部隊長に着任したのも、これまた先の巨人族との大戦の後の事なのである。
 巨人族との大規模な戦争による超帝国騎士団及びウェザー騎士団の被害は、それはもう甚大なものであった。
 中でも特に、巨人王の1人と直接の戦闘状態にあった蒼天の騎士隊においては、陽射・陽向部隊2個部隊の壊滅という、騎士隊創設史上で最も凄惨な出来事となってしまったのである。






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