ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 随分と雨の勢力は衰えたものの、細かい水蒸気が凝結し立ち込める霧となって、緩やかに落下する雨粒と無邪気に戯れ混じり合っている。
 此処はそんな視界のまったく利かない、帝都アクシルの中央にそびえ立ち皇帝が居住する皇帝大宮殿である。
 その最上階にあるバルコニーには、アークシール皇帝の嫡子でありバネッサの実兄、そしてウェザー騎士団4個騎士隊において最大勢力を誇る光陰の騎士隊の隊長を務めるエドゥワード・アークシールを含む人影が3つあった。

 バネッサと同じエドゥワードの美しい金色の髪が、穏やかになった風になびいている。
 その容貌から察するに、随分とバネッサとは年の離れた兄妹だと伺えるが、バネッサが絶世の美女ならば、エドゥワードは差し詰め絶世の美男と言った所であろうか、男女の違いこそあれその顔立ちはバネッサと非常に良く似ているのであった。

 光陰の騎士隊の隊服をその身に纏うエドゥワードは、闘技場へと向かって、激しく揺らめく解印術である呪印を纏わせた剣を振り被り構えている。
 そんなエドゥワードの右手に佇み口を開いたのは、バネッサに頼まれアークシール皇帝の元へと駆けて行ったはずのフロッグマン・リバルートであった。

「エドゥワードや、まさかこの視界の悪さにこの距離で、闘技場の様子がお主には見えておるのか?」
「あぁ、よーく見えてるし、よーく聞こえてるよ」

 口を動かしながらもエドゥワードは、真っ直ぐに闘技場を見据えている。

「・・・相変わらず、恐ろしい能力じゃな」
「なんだ?フロッグマン、視覚だけなら亜人種であるお前らでも充分見えるだろ?」
「距離だけなら良いが、この視界の悪さでは大半の亜人の視覚を持ってしても無理じゃ」
「なんだよ、使えねぇー目だな」

 エドゥワードの呆気らかんとした言葉に、フロッグマンはばつの悪そうな表情を浮かべるのである。

「・・・まったくお主といい、ジー坊といい、まるでワシ等先任騎士に対して遠慮やら敬意というものを示さんのぉ」

 アークシール皇帝の嫡子などという地位に関係なく、誰に対しても粗暴な態度を取るエドゥワードには、フロッグマンの苦言などまるで意味を持つ事は無かった。
 仮にでも彼に戦を挑もうなどという無謀な愚者がいたのなら、その者は必ずや地に伏し彼を仰ぎ崇める事となるであろう。
 大いなる力を持つ者が、責任という名の茨の鎖から解き放たれ不変の自由を手にしたのなら、それがエドゥワード・アークシールという、ナイトランドにおいて最強にして最上の印道術師なのである。

「ふん。あのクソガキの事は知らんが、単純にお前らが俺に敬意を示させる程の器じゃないんだろ?」
「お主にそこまでハッキリと言われては、最早返す言葉も見つからんわい。だからと言って皇帝にまで、ワシ等と同じ態度はいただけんじゃろ!?」

 どうやら超帝国の長であり、実の父親でもあるアークシール皇帝に対してでさえ、エドゥワードの粗暴な態度は変わらない様である。
 そしてフロッグマンの口から皇帝という言葉が出ると、エドゥワードの語調があからさまに一段下がって行くのであった。

「・・・皇帝の事など、知った事か」
「今回の一件、バネッサにはお主には知られるなと言われておったんじゃが、まさかお主が皇帝と謁見中だったとはの」
「何度も言わせるんじゃねぇよ、フロッグマン。俺は皇帝を許す気はねぇ。絶対にな」

 憎しみにも似た確固たる決意のエドゥワードに対し、フロッグマンは一体どんな顔をしたら良いのか分らなくなっていた。

「皇帝がバネッサを印道術師として育てた理由はお主にも分かるじゃろ?」
「いーや、さっぱり分からないね。そして分かりたくもねぇ」

 エドゥワードの決して譲らない意思に「・・・んーーー」と溜息を漏らす事しか出来ないフロッグマンなのであった。


「いい加減にしておけ、フロッグマン」

 その声はエドゥワードの左斜め後方にて、目を瞑り腕組みをしている老騎士のものであった。
 金色の髪に白髪の目立つ老騎士、その佇まいから老練の騎士である事がひしひしと伝わってくる。
 そしてその容貌は気高き狼の獣人である事が一目瞭然であった。
 彼は個人としてエドゥワードに仕えながら、光陰の騎士隊の先任騎士をも務めるウルファザー・ダイスンである。
 ウルファザーがエドゥワードに仕える事となった時から今に至るまでの厚い姿勢は、光陰の騎士隊隊長という役職でも皇帝の嫡子という地位でもなく、エドゥワード・アークシールという個人に対してへの忠誠だと感じさせられるのであった。
 そのウルファザーがカッと片目を開き、フロッグマンにゆっくりと視線を移す。

「我が主に意見するなど、身の程を知れといつも申しておるだろう」

 ウルファザーの重く鋭い声色が、フロッグマンに突き刺さる。

「分かっておるわい・・・ウルファザー。しかしのぉ、無意味であろうと誰かが言わねば、言い続けなければならん事もあるんじゃよ」
 フロッグマンの言葉に「フンッ」と鼻を鳴らすウルファザー。
 フロッグマンは横目にエドゥワードを見上げると、微かに口元を震わせながら言葉を発する。

「特にエドゥワードと、ジー坊にはな・・・ 先の巨人族との大戦を観ても分かるじゃろ。2人の力は余りにも異質で強大過ぎるのじゃ」

 表情を強張らせるフロッグマンの思いも、エドゥワードには微塵も届かない。

「まぁ、俺も言い続けるぜ、フロッグマン。あのクソガキと、ひと括りにするなってな」

 そう言いながらエドゥワードは、脅威の去っている闘技場への視線を外すと、自身の持つ剣に発動させていた印道術を解除するのであった。
 そして構えていた剣を下ろし鞘へと納めようとした時、鋭利な音と共に、その剣身に大きな亀裂が走る。
 がしかし、これと言って残念がる様子を見せる事も無く、エドゥワードは小さく呟くのである。

「せっかく巨人族から取り戻したと言うのに、妖精族の遺産と謳われる刻印の剣〈 彼方かなた 〉でさえ、俺の印道術には耐えられなかったか」

 エドゥワードは亀裂の走った剣を、何の躊躇いも無く鞘へと納めるのであった。

 この刻印の剣〈 彼方 〉と言うのは、バネッサの持つ刻印の剣〈 切望 〉と同じく、先の巨人族との戦争で奪還した3本の内の1本である。
 妖精族で継承されて来た遺産の一つであり、強力な刻印の剣である筈なのだが、エドゥワードが発動する印道術の力に、無残な姿となってしまうのであった。
 最強にして最上の印道術師であるエドゥワード・アークシールの力というのは、それ程までに恐るべきものなのだ。

「・・・さて」と、溜息混じりに、首を後方へ傾けるエドゥワードの視線が、ウルファザーへと向けられた。

「ウルファザー、今回の零の世界への対価についての見解はどうだ?」
「これぐらいかと」

 ウルファザーは右手をパーの形に開き〈 5 〉だと示してみせる。

「・・・だろうな。寿命と時間に記憶、合わせて5年分の消失が妥当だろう」

 先ほどの亀裂の入った刻印の剣〈 彼方 〉の損傷の時とは打って変わり、エドゥワードの声色は明らかな落胆の色を見せていた。

「これでまた、俺の半身とも呼べる最愛の妹、ヴァネルリッサの5年分の未来と過去が消えたわけだが・・・ おい、フロッグマン」
「なんじゃ」
「ヴァネルリッサに俺の元に来るように伝えておいてくれ。あいつに施してある封印術の全てを解く事にした」
「承知した。バネッサ本来の印道術の力を還すんじゃな」
「あぁ。これ以上の零印の発動は、捨て置く事は出来ないからな・・・」

 考え込むように厳しい表情を見せるエドゥワードが、ふと、何かを思い出したかのように続けて口を開くのであった。

「フロッグマン、もう一つある。クソガキに関しての話だ」
「ジー坊がどうしたんじゃ!?」
「オーガの巣でもある虚空界を、頻繁に単身でうろついているようだが、どういうことだ?」
「何の話じゃ?」
「白を切る必要はない、俺の元へ報告が上がっている。実際に俺も幾度と見掛けている」

 エドゥワードの言葉に罰の悪そうな表情を見せるフロッグマンが縋る様な声を出す。

「・・・見逃してやってくれんかの? あやつは今も探しておるのじゃ、幼き時より共に闘って来た友をの」

 フロッグマンの言葉に、エドゥワードは考える間も無く1人の人物を思い当てるのであった。

「それは、蒼天の騎士隊 前騎士隊筆頭 ベルーゼ・キャッシュの事か?」
「そうじゃ。今も蒼天の騎士隊筆頭の座は、空位のまま・・・、ジー坊はずっと待っておるのじゃよ、ベルーゼが帰って来るのをの」

 過ぎ去りし日々の記憶をなぞる様に、エドゥワードが目を細めるのである。

「バネッサと共に3人で騎士団を設立し、毎度毎度、色々とやってくれた。本当にふざけた奴らだったな」
「そのふざけた連中が、蒼天の騎士隊三頭になろうとは、ワシも思わなんだわ」と、何か嬉しそうな口調のフロッグマンなのである。

 フロッグマンの言う騎士隊三頭とは、騎士隊隊長、騎士隊主席、そして騎士隊筆頭の3騎士の総称である。
 騎士隊三頭は、ウェザー騎士団に属する4個騎士隊の各隊に席が設けられており、この三頭こそが各騎士隊において様々な決定権を有していた。
 そして、この騎士隊三頭は役職に関係無く等しい権力を持つという非常に珍しい体系であり、ウェザー騎士団の4個騎士隊特有のものであった。
 ウェザー騎士団は団単位ではなく、主に隊単位で、更に細かくは部隊単位で任務に当たる事が常である為、このように組織化されていったのである。


 過去の記憶に微笑むフロッグマンに対して、エドゥワードが厳しい眼差しを向け言い放つのであった。

「だがなぁ、フロッグマン。あのクソガキは無条件で虚空界を往来できる数少ない超帝国の貴重な戦力だ。各上のオーガと衝突でもし、下手に失うわけには行かない」
「・・・それは、分っておる」
「分っているなら、止めさせるんだな」
「うむ・・・」

 余りにも正論なエドゥワードの言葉に、フロッグマンは頷く事しか出来ないでいるのである。
 フロッグマンに苦言を呈したエドゥワードは、マントを翻しながら悠然と踵を返すと「さーてと、隊に戻るぞ」と、ウルファザーに一瞥を投げる。
 そんなエドゥワードの言葉に、ウルファザーは無言で付き従うのであった。


 2人が皇帝大宮殿のバルコニーを後にしようとした時、フロッグマンが思い出したように恐る恐るエドゥワードに問い掛けるのである。

「・・・例の剣じゃが、どうしておる!?」

 歩みを止めるエドゥワードは、フロッグマンへと振り返る事も無く、ただその場で静かに両の瞼を閉じると、凍て付いた息を吐くように言葉を口にする。

「それは〈 全知全能 〉の事を言っているのか?」
「・・・そうじゃ、無事なんじゃろうな?」
「ふん、何の問題も無い。そして、貴様が知る事ではない」
「・・・・・・」

 エドゥワードの冷たい語調がフロッグマンを掠めて行くと、ウルファザーを従えたエドゥワードは皇帝大宮殿のバルコニーを後にするのであった。

 2人を見送るわけでもなく、視界の利かない闘技場を見詰めていたフロッグマンは、いつの間にか雨も降り止み透き通るように静まる曇天を、ただただ仰いでいるのであった。







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