ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 次第に落ち着きを取り戻す闘技場観覧席から、バネッサを見据えるランブレが誰にともなく口を開いた。

「我らが蒼天の騎士隊副隊長であるバネッサ・アークシールの扱う印道術の実力、延いては皇族アークシール家の印道術ってのは、その世界では超が付く程に有名でな」

 1人話すランブレの言葉に隊員一同は静かに耳を傾けている。

「特に、光陰の騎士隊隊長であるエドゥワード・アークシール皇太子殿下の実力に至っては、皇帝陛下をも凌ぐ力だと噂に上る程だ」

 この広大なアークシール超帝国を統べる皇帝、その力をも超えるという想像も適わないランブレの話に、何人もの騎士隊員の唾を飲み込む音が聞こえて来る。

「そんなアークシール家の力に対して、異常なまでの関心を示しているのが、あの〈 虚空こくうの道術師団 〉であり、どうもバネッサは執拗に勧誘されているようだ」

『・・・・・・!?』

 騎士隊員達の誰もが、その道術師団の名前を耳にした瞬間にギョッとするのであった。

「強大な力を持つ偉大な父と、その父をも超えると囁かれる兄を持つバネッサは、俺達と同じ蒼天の騎士である前に、アークシール超帝国の皇女殿下だ。そんな地位と印道術の実力に惹かれたのか、はたまた、まるで言動の読めない皇太子殿下よりも口説き易いとでも思ったのかもしれないな・・・」

 初めて聞くランブレの話に、隊員の誰もが驚きを隠す事も無く、傍に居る隊員と互いに顔を見合わせるのである。

「副隊長にそんな勧誘話があったなんて・・・・」と、サッチャンの心配そうな呟きを発端に、隊員達が各々に口を開いた。

「やっぱり副隊長、皇女殿下は俺達とは違う世界の人なんだな・・・」「虚空の道術師団と言えば、超帝国騎士団に所属する〈 国家陰陽術師隊 〉や、騎士団と並び帝国の主力とされる〈 蒼穹そうきゅうの道術師団 〉から派生した独立組織では!」「もしも勧誘に承諾したら、蒼天の騎士隊を去ってしまうのかしら?」「印道術のみならず、道術全般に長けた私設のエリート集団じゃないですか!?」「そんな凄い連中に、勧誘されてるなんて・・・」「流石は副隊長と言ったところか!」「・・・でも、虚空の道術師団って、余り良い噂を聞かないわよ」「確かにな、彼らの行動や目的には謎が多い」

 口々に驚きの声を上げる隊員達の中、ランブレは苦虫を噛み潰したように、1人ボソリと呟くのであった。

「・・・今や、あらゆる神々を自分達の手で創造せんとする異端の者達、か」

 ランブレのこの呟きは、初めて聞く別世界の話とばかりに沸く隊員達には、まるで聞こえていない様子であった。
 盛り上がる隊員達の内の1人が、矢継ぎ早にランブレに質問をぶつけてみせる。

「それで副隊長は誘いに何と答えたんですか?」

 1人の隊員の唐突な問い掛けに、蒼天の騎士隊員一同が心配そうにランブレの言葉を待っていたが、ランブレが言葉を口にしようとする前に、闘技場に一人立つバネッサの言葉が割って入るのである。

「ランブレ、お喋りはそれぐらいにして、瓦礫の撤収作業の指揮をお願い・・・する・・・わ」
『・・・・・・!?』

 突然の事態に、凍り付いたような表情を浮かべる騎士隊員達。
 バネッサが言葉尻を淀ませながら、崩れるようにして片膝を地面に打ち付けたのだ。

 場の雰囲気が瞬く間にして重々しく変貌する中、サッチャンはすぐ様に我に返ると、勢い良く観覧席の階段を滑り下りて行き、バネッサの元へと駆けて行く。
 その緊迫したサッチャンの姿を目の当たりした他の隊員達も同様に、サッチャンの後に続いて行くのであった。

 いの一番に駆け付けたサッチャンの肩を借り、バネッサが力無く再び立ち上がりながら「・・・大丈夫よ、サッチャン。ありがとう」と、バネッサの負傷の状態が気がかりでしょうがないといった表情を見せているサッチャンに対し優しく声を掛けた。
 そんなバネッサの言葉に、サッチャンは無言で頷くのである。

 サッチャンがこれだけ酷くバネッサの事を心配するのは、無理もない話なのであった。
 それは剣一と同じようにして、この世界に迷い込んで来たサッチャンの事を親身になり、何かと世話をしたのがバネッサであり、その事を含めてもサッチャンは、常日頃からバネッサの事を姉のように人一倍に慕っていたからである。


 サッチャンに続き観覧席から闘技場へと下り、バネッサを取り囲むように立つ騎士隊員一同ではあったが、その誰もの表情は不安に犯され晴れないものであった。
 冴えない表情を浮かべる隊員達を、ぐるりと見渡すバネッサが「私は、大丈夫よ」と、優しく声を掛けると、そのまま隊員達が今一番気になっているであろう事を口にする。

「確かに虚空の道術師団からの誘いはしつこい程にあるわ。彼らはアークシールの特別な印道術に、随分と興味を示しているのよ。そして、皇帝の娘という私の立場にもね・・・」

 心配そうな面持ちで、答えを急かすような眼差しを向ける隊員達に、バネッサが声を揚々と言葉を続けるのである。

「みんな、安心しなさい。私は虚空の道術師団なんて組織に、加担する気も無ければ興味などもないわ。それにあなた達は少しだけ勘違いをしている。私は帝国の皇女で有る前に、一人の騎士。今の私はあなた達と同じウェザーの蒼天の騎士、それはこれからも変わる事はないのよ」

 虚空の道術師団からの勧誘の話をキッパリと否定するバネッサの言葉に、胸を撫で下ろす隊員達の顔に安堵の表情が浮かぶ。
 そして、そんな隊員達の表情に釣られるようにして、バネッサの目が優しく微笑むと、いつものバネッサらしい力強い言葉が自然と発せられるのである。

「このナイトランドに存在する何千、何万という騎士達の群れ。その中において最古の騎士隊、蒼天の騎士隊の騎士であることに、誇りを持ちなさい」

 その言葉に励まさられるように、バネッサを見る隊員達は自信に満ちた表情で、静かにコクリと頷くのであった。


 闘技場に安堵の輪が広がる中、バネッサの冗談混じりの言葉が、その輪を更に広げて行く。

「それにしてもうちの隊長ときたら・・・ 騒動の発端である剣一を連れて来た張本人だと言うのに、何処をほっつき歩いているのかしら?」

 今度はバネッサの引きつった笑みに釣られるかのように、隊員の誰もが大きく口を開け笑い出した。

「あーぁ、きっと隊長、当分は隊に戻って来ないなっ!」「って言うか、滅多に見ないけどな」「だよね! フフフッ」「だなっ! ハハハッ!」

 誰とも無く口を開く隊員達が愉快に、軽快に笑い出すのであった。
 そんな笑い声の中、懐かしくも寂しい表情を見え隠れさせるバネッサが消え入りそうに呟く。

「隊長になってもう何年も経つと言うのに、あの子にとっての蒼天の騎士隊は、いつまでも陽溜部隊なのね・・・」

 一瞬の間の後、バネッサは気を取り戻したようにサッチャンへと視線を移すと声を掛ける。

「まるで隊長としての自覚が感じられない様な子だけど、今回も含め別件の話もある事だから、鎖に繋いででも私の元へ連れて来て頂戴。頼むわよ、サッチャン」
「はい、最善を尽くしたいと思います・・・」

 バネッサの指示に、あからさまな困惑の表情を浮かべるサッチャンが言葉を続ける。

「あのぉ・・・副隊長。何か、隊長の動向を掴むコツ? みたいなものって無いでしょうか?」

 これまでにも隊長であるあの白銀の髪色をした青年に、何度も何度も逃げられているのだろう。
 サッチャンは最後の頼み綱だと縋る様に、バネッサへと視線を送ってみるのであった。
 その眼差しに応えるようにして、一瞬思考を巡らせたバネッサがサッチャンへと答える。

「そうねぇ、クエルノを従わせ掌握する事が一番簡単かしら?」
「・・・えっ!? あの変な生き物をですか? 私、苦手なんですよねぇ」

 せっかくのバネッサからの提案であったが、サッチャンは思い切り苦笑いを浮かべるのであった。
 そんなサッチャンの様子を観て、同情するかのように笑い出す騎士隊員達。
 隊員達の笑い声は闘技場の外にまで響き渡った。

 その心の底から安堵した痛快な笑い声は、先程までの王火雀との死闘が、まるで白昼夢であったかのように思わせるものだ。
 そしていつの間にか、隊員達の笑い声に釣られるかのようにして、蒼く輝くように眩しい大空が、風と共に曇天を押し退け我が物顔でその姿を覗かせているのであった。


「バネッサ・・・」

 唐突に自らの名を呼ばれたバネッサが横を向くと、そこにはバネッサの刻印ノ剣〈 切望 〉に宿りし零魂ゼロンであるディザイアが現れ立ち尽くしていた。
 バネッサと同じく激しく傷付いているディザイア、彼女の視線が何かに注目している。
 バネッサがディザイアの視線に導かれるようにして、自らの視線を移して行くと、そこには大地に突き刺さる天地清浄流の剣に行き着くのであった。

「・・・あれは!?」と、小さく呟くバネッサには霞むようにしか見えていないが、ゼロンであるディザイアの目にはハッキリとその姿が見えていた。

 浮かび上がるようにして天地清浄流の剣の傍に姿を現しているのは、ディザイアと同じゼロンなのであろうか?
 素足な上に、慎ましやかで裾の絞られた純白のドレスを身に着け、輝くような黒髪をした1人の女の姿がそこにはあった。
 陽の光を浴びて眩くその容姿は、実に神々しいものでる。

 闘技場の出入り口では、コールとアッシュに抱えられた傷付き意識の無い剣一が、駆け付けて来た帝国救護隊の数名の隊員らに、担架に乗せられ運ばれて行く所であった。
 その様子に向けられる女神を思わせる黒髪の女の眼差しが、優しく剣一に注がれているのであった。

 そしてその眼差しが、ゆっくりと天地清浄流の剣へと移り向けられて行く。
 すると剣を見る黒髪の女の目の色が、見る見る内にして変わって行くではないか。
 移り変わったその瞳の色が放つ意味合いが、先程まで剣一に注がれていた愛情や憐れみなどでは無い事にディザイアは気付く。
 それは天地清浄流の剣に注がれる黒髪の女の眼差しの中には、怒りや憎しみと言った負の光が混じっている事を、ディザイアは明確に見て取っていたのであった。


 帝国救護隊により担架で運ばれる剣一の身体が、振動で規則正しく小刻みに揺れている。
 それは剣一にとって、遠い記憶の中で感じる、揺りかごの中で眠る心地良さであった。

 意識を失い続ける剣一の耳には、遠のく蒼天の騎士隊員達の笑い声は聞こえてはいない。
 そして当然、瞼を閉ざす剣一の目には、遠ざかる壁の向こうの女神を思わせる黒髪の女の姿も見えてはいなかった。
 しかし、激しく行き交う雲の隙間から射し込む陽光が、優しく照らしている事を、剣一の肉体は僅かながらにも感じていた。

 傷付き随分と体温の奪われた剣一の体を、魂から温めてくれているかのような、ナイトランドの蒼天に輝く3つの太陽。
 剣一にとってその暖かさはまるで、この世界の蒼き空が自分の事を受け入れてくれたかのような気分にさせてくれる、そんな温もりなのであった。






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