ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 バネッサは紅に染まり行くフロッグマンの白い煙の残像を突き破り現れると、目にも留まらぬ正確無比な動作で、剣一の持つ天地清浄流の剣を大地へ深々と突き刺した。
 そして間髪を入れず舞うが如くの華麗な動きで、剣一の胸部へと強烈な左掌ていを打ち込むのである。
 この光景は静観する蒼天の騎士隊員達から見れば、無数に沸き溢れているフロッグマンの残像の中での、瞬く間の芸術的な乱舞であった。

 バネッサの掌ていを無防備でまともに喰らってしまう剣一。
 その強烈な衝撃によって虚ろに光っていた剣一の蒼い眼が小刻みに揺れ動くと、眼球はぐるりと宙返りするようにして白目を剥いた。
 肋骨の何本も折れる音が掌ていの凄まじい威力を物語り、剣一は闘技場端の壁にまで勢い良く突き飛ばされ身体を強く打ち付けると、そのままグッタリとし動かなくなってしまう。

「フーーー」と、大きく息を吐き出すバネッサが、雷雨と共に闘技場を覆う張り詰めた緊迫感の中で残心を解くと、やれやれと言った様子で胸を撫で下ろすのであった。

 剣一に憂いの視線を向けるバネッサの傍らに、胸を紅に染める残像ではないフロッグマンの実体が並び立つ。

「傷の方は浅いようで幸いだったわね」

 特に心配した様子でも無いバネッサの言葉に、フロッグマンも無表情で頷いた。
 そしてバネッサと同様に、闘技場の壁を背に気絶する剣一を見詰めながら徐に口を開くのである。

「どうやら、ワシが負かさられると推し測っての今のタイミングであったようじゃの」
「ええ、そうよ」
「ヌ、ハッハッハ! 遠慮も無く言い切りおって」

 呆気らかんと返事をするバネッサに対して、どこ吹く風と受け流すフロッグマンは愉快そうに笑うと「して、何故じゃ?」と、真顔に豹変しその思惑をバネッサに尋ねてみせるのである。

「そうねぇ、これは剣を交えて感じたのだけど、剣一は命を懸けた実戦の経験が極めて乏しいようだわ。いえ、そもそもそんな経験が無いのかもしれない・・・」
「ほう」
「だからこそ、剣に魂を支配されていたとは言え、剣一の本来の実力を見てみたかったのよ」

 コクリと頷くフロッグマンを尻目にバネッサは続ける。

「それにフロッグマン、あなたが剣一を本気で殺すつもりで〈 万躍 〉を繰り出していたのなら、その時は私の出方も違っていたかもしれないわ」

 バネッサの言葉を目を細めながら耳にしていたフロッグマンがいぶかしげに口を開く。

「それは、どうかのぉ・・・」
「どう言う意味かしら?」
「剣による魂の支配が無くとも、剣坊の潜在的な力が剣本来の力を引き出したのなら、やはり結果は何も変わらなんだじゃろう」
「そうかしら?」
「うむ、現に完全では無いにしろ剣の支配から自力で逃れおった。血を流し合う実戦が乏しくとも凄まじいまでの修練を積んでおる。まったく持ってして、末恐ろしい逸材じゃ。運命の歯車とでも言うべき物が少しでもずれておれば、ワシの方こそ死んでおったやもしれん」
「そんな・・・!?」

 フロッグマンの考察に驚いて見せるバネッサであったが、思い出したかのように即座に解するのである。

「いえ、ウェザーが誇る先任騎士の1人であるフロッグマンをして、それ程までのものだと言わしめるのね・・・ 天地清浄流というのは」

 バネッサが何気無く発した言葉尻に、フロッグマンの楕円形の目が驚きで真円へと丸みを増して行く。

「天地じゃと!? 今、天地清浄流と言ったか!?」

 フロッグマンの余りの喰い付きように、バネッサは少々困惑してしまう。

「え、えぇ、剣一は自分を天地清浄流の使い手だと言っていたわ」
「そうかそうか、清浄流とはの。道理で知った風な太刀筋じゃったわけじゃな・・・」

 フロッグマンは剣一の一挙手一投足に、そして剣さばきに思い当たる節があると言った感じで仕切りに頷いてみせた。
 
「もしかして、天地清浄流を知っているの?」

 このバネッサの問いにフロッグマンが淡々と語り始めるのである。

「知っておるも何も天地清浄流は始まりの一派じゃよ」
「・・・始まり!?」
「そうじゃ。この世界で現代にまで伝えられておる清浄流は、バネッサや、お主もよく知っておる〈 天照清浄流 〉とその分派のみ」
「ええ、知っているわ」

 バネッサの迫真の眼差しに応えるようにして、フロッグマンは話を続ける。

「今では知る者も限られた古の伝承ではのぉ、史上における最古の武術と言われ武術の始まりとされておる清浄流は、姉弟である2人の〈 刀剣の神 〉によって生み出されたとある。それが〈 天照てんしょう 〉と〈 天地てんち 〉、2つの清浄流じゃ」

 バネッサはフロッグマンの語る初めて耳にする話に聞き入っていた。

「しかし、遥か古に何があったのかは知らんが、天地清浄流はこの世界から忽然と消え失せた。これはあくまでもワシの推測じゃが、何らかの理由で異世界へ剣坊の居た世界へと渡ったのかもしれんの」
「何らかの理由、と言うと?」

 具体的な理由を促すバネッサに、ひと呼吸置いたフロッグマンが眉間に皺を寄せ目を瞑りながら確信を持ったように答える。

「そうじゃのぉ、例えば・・・〈 魔鬼マオニ 〉の存在じゃな」
「まさか、そんな・・・」

 フロッグマンの苦味を帯びた言葉に、バネッサは静かに息を飲み込むのであった。


 フロッグマンの話に出てきた〈 魔鬼マオニ 〉とは、まだまだ謎の多い生命体であり、その姿形も多種多様な個体が確認されている。
 魔鬼について一般的に知られている事は、魔鬼は人々からスカイワールドと呼ばれている虚空界こくうかいにて誕生し、様々な世界へと出没自在だと言うことであった。

 そして、この世界に生きる人々にとって、今そこに有る危機として問題となっていたのは、魔鬼の本能である無作為な破壊活動と、摂食行動である。
 特に魔鬼による摂食行動は、人類にとって大変な死活問題となっているのであった。
 何故なら魔鬼の摂食対象は、植物・昆虫はもちろん共食いも行うが、最も厄介なのは、様々な人種族も摂食対象であるという事、即ち人間を喰らうのである。


 この場を支配する陰鬱な空気、それを助長するように降り頻っていた雨の勢力も、今は幾分か弱まりを見せていた。
 そんな雨に追い討ちでも掛ける様に、フロッグマンは明朗な口調でこの陰鬱な空気を払拭せんとする。

「まぁ推測はともかくじゃ、今ここにこうして、天地清浄流の使い手と、そしてその剣が存在しておる」

 話しながらにんまりとするフロッグマン。

「過去の事などどうしようもできんが、これからの事はワシら次第、今はそれでええじゃろ」
「そうね」

 フロッグマンに釣られる様にして、バネッサの口元から緊張が取り除かれて行くのであった。

「それにしてもじゃ・・・」

 何かを言おうとしたフロッグマンの言葉が不自然に詰まると、せきを切ったように大きく笑い出すのであった。

「フッ・・・、ハッハッハッハ!」
「何がそんなに可笑しいのかしら?」
「いやいや、すまんのぉ。蒼天の騎士隊にまた一人、ジー坊に挑める程の兵が来たかと思ったら、ついの」
「フフフ、そうね」

 フロッグマンの言葉に、何故かバネッサの表情も緩むのである。
 そんな死闘の表舞台に居た2人に、歩み寄り声を掛ける者がいる。

「フロッグマン、バネッサ、お疲れさん。なんだか楽しそうだな!」

 声の主である騎士隊員のランブレは同じく騎士隊員であるリンネを連れ立って、バネッサとフロッグマンの隣に立った。

「っん!? お主等か、久しぶりじゃの」

 フロッグマンはそう言うと、ランブレとリンネに一瞥をくれるのであった。

「よくもまぁ、これ程の猛者ばかりを毎度拾って来るもんだな。うちの隊長殿は! 」

 愉快そうに口を開くランブレに対して、フロッグマンは何か思う事があったのか、壁を背に気絶する剣一をジッと見詰めたまま応える。

「清浄流の使い手だと言う剣坊が、偶然にもジー坊に拾われたのも運命なんじゃろうな・・・」

 妙な感傷に浸るフロッグマンにリンネが追随する。

「まさにフロッグマンの言う通り。それに蛙剣術〈 万躍 〉は、今回の事で3度も清浄流に敗れた」

 リンネの指摘に、フロッグマンは口角を上げる。

「・・・確かに、運命じゃな。どうやら清浄流は、蛙剣術にとって天敵のようじゃわい!」

 愉快そうに笑うフロッグマンは、傍らに立つランブレとリンネに再び一瞥をくれると、改まったように2人に声を掛ける。

「ランブレにリンネや、剣坊の事、何かと気に掛けてやってくれの。おそらく配属部隊は問題児共の巣窟、お主等の古巣になるじゃろうからな」
「あいよ!」「はい」

 ランブレとリンネは、フロッグマンの頼みに笑みを浮かべると快く返事をするのであった。






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