ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 世界の終焉なんてものは、世間を騒がせるだけ騒がす予言者の戯言、それに乗っかる金の亡者達の虚言でしかない。
 これは何度も何度も狼が出たと、村で騒ぐ少年の寓話よりも性質が悪いのかもしれない。
 しかし世間で幾ら騒がれようが、世界に終焉など訪れるわけなど無い事を、多くの人々は無意識の内に感じ取っている。
 それは自分がいつかは必ず死ぬという事を忘れてしまっているかのように。

 いったいあの出来事は何だったのだろう。
 あれこそが世界の終焉の正体だったのだろうか。
 人の死がある日突然と訪れるものならば、世界の終焉もまた呆気なく訪れるものなのかもしれない。
 本当はただ現実離れした、余りにもリアルな悪夢でも見ていただけなのだと、剣一は思いたかったに違いない。


 剣一は頬を撫でてくる何とも心地の良い風で目を覚ました。
 薄っすらと開ける目には、優に5メートル以上はある高い天井が飛び込んでくる。
 清潔感のある真っ白なシーツの敷かれたベットの上で、軽い頭痛に顔をしかめながらも上体を起こした剣一は、何気なく部屋の中を見回した。
 真っ白なのはシーツだけでなく部屋全体の色調が白で統一されている。
 その白さが窓から入る優しい陽射しを受けて、部屋中が温かみを感じられる陽だまり色に染まっていた。
 窓際にある真っ白なレースのカーテンが大きくなびくと、心地の良い風が再び剣一の顔を撫でていく。

「ここは一体・・・」

 呟く剣一はふと自分の体に視線を落とすと、裂傷を負っていた左上腕部が治療され包帯が巻かれている事に気付く。
 治療は体の至る箇所に負っていた傷の全てに施されていた。

 剣一はベッドから抜け出すと、風の入って来る大きく開け放たれた窓の前に立った。

「うっ・・・」

 随分と久しぶりに浴びたような気がする陽の光が眩しくて、剣一は思わず手をかざし陽射しを遮った。
 そしてゆっくりと目の前からかざした手を下ろした時、眼下に広がる森と川が織り成す圧倒的な景色に瞬きをする事も忘れてしまう。
 中でも剣一の視線を釘付けにしたのは1本の樹だった。
 まるで一つの山だと言っても過言では無いとてつもなく巨大な樹。

 剣一はしばらくの間、時が止まったかのように呆然としてその巨木を眺めていたが、一本の枝の上にある人影に気付くと、ふと我に返るのであった。

 巨木のその余りの大きさに距離感が狂ってしまいそうだが、ここからは少し距離があると剣一は予測した。
 視力には相当な自信がある剣一は、よく目を凝らし人影に注目する。
 人影は剣一よりも少し年上だろうか、銀色の髪をした1人の青年がいる。
 青年は枝の上で両腕を頭の後ろに組み、枕代わりにしてうたた寝をしているようだった。
 青年の物だろうか頭越しには鞘に収まった一本の剣が立て掛けられている。

 剣一は視線を青年からゆっくりと首を傾け、巨木の頂上へと移動させた。
 目の中に飛び込んで来たのは、剣一の蒼い瞳の色と同じような、今までに観た事のない真っ青な大空。
 巨木はまるでその蒼天を貫かんとばかりに雄大に佇んでいた。

 剣一の元へ鳥の激しい羽音が風に乗って聞こえて来る。
 巨木を根城にしているのだろう、数十羽の鳥達が一斉に羽ばたき大空を楽しそうに飛んでいる。

「っえ!?」

 まさかとばかりに剣一の口から驚きの声が漏れた。
 剣一は自分の目を疑わずにはいられなかった。
 信じられない事に鳥達が羽ばたく大空には、想像上の動物としてよく知られるドラゴンが一体、巨木を中心に弧を描くようにして飛んでいるのだ。
 優雅に泳ぐようにして飛ぶ竜の体は、大空に溶け込むような深い蒼さで、その鱗は陽の光でキラキラと輝いていた。

 剣一には大空を飛ぶ竜の姿が、まるで親鳥が雛を見守っているかのように感じられた。
 それは上空を旋回しながら、巨木の枝の上でうたた寝をする青年を見守っているかのように、蒼く輝く竜は優雅に大空を泳いでいた。

 剣一が竜を眺めていると、扉をノックする音が聞こえて来た。
 そしてガチャりと剣一が居る部屋の扉が開く。
 剣一は窓辺から扉の方へと振り返る。
 扉の前には剣一と同じくらいの年の頃だろうか、少し大人っぽい印象を受ける1人の少女が立っていた。

 少女の赤毛がかった髪は、剣一が救えなかった花宮由美子と同じようにポニーテールがよく似合っている。
 この一見普通に見える少女なのだが、剣一は少女の身に着ける異様な装いに唖然とした。
 少女は全身を青みがかった鎧で覆い、腰には1本の細身の剣を垂れ下げるようにして携えていたのだ。

「目を覚まされたようですね」

 少し大人っぽい印象とは対照的な高めの可愛らしい声で、少女が剣一に声を掛けた。
 そして少女は自らを名乗りだすのである。

「私はウェザー騎士団 蒼天の騎士隊 隊付たいづきを務めるサッチャン・マグガバイと言います」
「・・・!?」

 剣一は少女が一体何を言っているのか一瞬理解に苦しんだ。
 ただハッキリと分かったのは少女の名前。
 剣一は激しく動揺していた。
 騎士なんてものは物語の中の登場人物とでしか知らない。
 実際に観た事もなければ聴いた事もない。
 剣一は何か夢でも見ているようなフワフワと地に足が付いていない気分だった。
 そんな剣一を見兼ねたのか少女が再び口を開く。

「今のあなたの心境はよく分かります。私もそうでしたから」
「君もそうだった?」
「はい。きっと私もあなたと同じようにしてこの世界に」

 少女の居た世界も自分の居た世界と、同じような運命を辿ったとでも言うのだろうか。
 もしかしたら自分や少女の他にもこうして、この世界に辿り着いた人間がいるのかもしれない。
 そう思うと花宮由美子の顔が剣一の頭の中を過ぎる。

「僕の他に誰かいませんでしたか?」

 早口になった剣一は、祈るような気持ちで少女の答えを待つ。。

「・・・いいえ。あなた一人だけです」

 少し言葉に詰まった少女は、申し訳なさそうに目を伏せた。

 剣一はまだ自分の置かれている状況を把握仕切れずにいた。
 そして混乱する頭の中を整理するように、少女に一つだけ質問をする。

「ここはいったい何処なんですか?」

 少女が真っ直ぐに剣一の瞳を見据える。

「あなたの瞳はあのお方と同じで、とても綺麗な色をしている」

 そう呟くように言う少女が、少し微笑んだように剣一には見えた。
 少女の言うあのお方を剣一が知る由もないが、少女はゆっくりと剣一にこう告げた。

「ここはアークシール超帝国、騎士が集う国ナイトランドです」

 剣一の居た世界には、アークシール超帝国などと呼ばれる国は存在しない。
 この世界は自分の居た世界ではないのだと、剣一は単純に認めるしか無かった。

 しかし何故だろう、剣一はこの世界の空気は嫌いじゃなかった。
 それどころかこの世界の空気には、懐かしさみたいな哀愁さえも感じていた。
 もしかしたら自分はこの世界に来るべくして、来る事になったのだろうかと考えもしてしまう。
 この世界があの漆黒鎧の男が言っていた真世界なのだろうか。
 ふと国語の授業で読み上げた作文を思い出して、剣一は思わず笑ってしまった。
 まさかあんな陳腐な願望が、このようにして現実のものとなってしまうなんて。

「ははっ・・・」

 剣一はただ、泣きたい気持ちで笑う事しかできなかった。





 数十億年という時を刻んだ地層を剝き出しにして、様々な規模の断崖が広大な範囲に渡り密集している。
 ここは途方も無い年月を掛け、風や水の浸食作用によって誕生した巨大渓谷〈 ヘルヘブンズ・キャニオン 〉である。

 渓谷を流れる川は幾筋にも枝分かれして入り組んでおり、まさに自然が作り上げた天然の巨大迷路になっていた。
 そんな川の一筋、エメラルドグリーンにキラキラと輝く川のほとりに2つの人影があった。

源内げんない、現在地は」

 源内と呼ばれた身長が優に2メートルは超え、力士のように横幅もある大柄の青年が、懐に仕舞い込んでいた地図を広げる。

「おそらく、渓谷の東方でナイトランドの国境付近だと思うだ」
「騎士の集う国か。如何にも奴等が現れそうな場所だな」

 源内にそう答えたのは、煮えたぎるマグマのような闘志を宿す紅蓮の瞳をした青年。
 身長は170センチ台後半といった所で、顔には大きな刀傷の痕が色濃く残っており、その傷痕は額の左から眉間を通り右の頬にまで達していた。

「ここ数日、やけに剣がざわつき・・・!?」

 言葉の途中で突然、顔を抑え苦しそうにうずくまる傷の青年。
 その様子に源内が心配そうに声を掛ける。

刀一とういち、傷が痛むだかぁ・・・」
「・・・・・」

 源内に刀一と呼ばれた青年は、ただうずくまって黙っていた。

「ごめんよぉ。オラのせいで・・・」

 その大柄な体格と反比例するように悲しそうな顔で謝る源内。

「源内、前にも言ったろ、この傷はお前のせいじゃない」

 源内の目が涙で一杯になり今にも零れ落ちそうになる。
 そんな源内の涙を拭い去るかのように、刀一が吐き捨てるように言う。

「この傷は俺の未熟さによる惨めな産物だ。気にするな」

 刀一は立ち上がり、鋭い眼光で前を見据えた。
 顔から傷を抑える手を離すと、傷から真っ赤な血が滴り落ちる。
 刀一の顔に深く大きく刻まれた刀傷は、まるで今さっき斬り付けられたような生々しい有り様である。

「この傷の痛みが俺に教えてくれた」
「・・・な、何をだぁ?」

 源内が泣き出しそうな顔で、刀一の顔を覗き込む。

「この世界に奴等が帰還した。おそらく、シンドーもな」
「・・・・・!?」

 刀一の言葉で源内の拳に力が入り、泣き出しそうになっていた顔は、いつの間にか何処かへ消えていた。
 源内の変わりように刀一が片方の眉を上げて見せる。

「本家の生き残りは、もう俺とお前だけだ。行くぞ。」

 刀一の言葉に決意を改めた2人の青年が渓谷を歩き出した。
 そして刀一は傷から滴り落ちる鮮血を拭いもせず、腰に携える刀を鞘越しに強く握ると、静かに口を開く。

「この〈 天照あまてらす 〉が、俺達の〈 天照清浄流てんしょうせいじょうりゅう 〉が、全ての片を付ける」







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