ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 ここ数ヶ月の間、剣一は部活にまるで顔を出さなくなっていた。
 それは、特に何か部活動に対して嫌なことがあったと言うわけでもなく、ただ単純に行く気がしないという典型的なサボりだった。

 既に6限目が始っているというのに、剣一は悪友の谷口友也と橋本高志の3人で今日もこうして学校の屋上でサボっていた。
 剣一と2人はクラスは違うが、小さい頃からの幼なじみというやつで、いつもこうして一緒につるんでいる。

 清が音中学校はちょっとした丘の上に建っていて、屋上からは街の全景が一望できた。
 学校の先生や生徒も滅多に立ち入る事のない屋上は剣一たちの憩いの溜まり場、そしてここから見える景色は、まるで自分達が世界を手に入れたかのようなそんな気分にさせてくれる場所だった。

「本格的な夏も終わって、気持ちのいい風が吹くようになったよなー」

 昔から風には人一倍敏感な剣一が、風上に向い気持ち良さそうに目を閉じながら呟いた。
 同じように風上に向かって目を閉じている橋本が唐突に部活動の話題を振ってきた。

「剣一、武術部に顔出さなくていいのか? もう何ヶ月も行ってないんだろ?」
「あぁ・・・、何だか急に行く気が無くなっちゃってさ。さっき5限目が終わった時にも藤澤先生に、顔を出せ! みたいな目で思いっきり睨まれるし、花宮にも剣術を見てくれって頼まれたよ」

 剣一と橋本の会話に谷口も加わってくる。

「まっ、剣一の武術の腕は中学生レベルを余裕で超えてる反則的な強さだしな。特に剣術なんて達人の域どころか敵無しじゃん。お遊びみたいな部活に物足りなさを感じるのも分るけどさ」

 谷口は相変わらずいつもの呑気な口調で解かったような口を利く。

「谷口の言うことがもっともだよな。何たって剣一の家は1万年以上も続く天地清浄流の宗家、世界で最も古く最も進化した武術を受け継ぐ家なんだから。1万年以上ってホント信じられないような歴史だよな」

 驚いたように話す橋本の言葉に谷口はウンウンと頷いてみせた。
 そんな谷口を横目に橋本は更に話を続けた。

「そう言えばあのつるぎってどうなったんだ?」
「そうそう、あの剣すげぇよな! 重要なんちゃらって事だけでも凄かったのに国宝にまでなったんだろ!? この前、テレビでやってるの見たぜ!」

 橋本と谷口が言うあの剣というのは、剣一の家に天地清浄流の始祖の頃より代々受け継がれている剣の事だった。
 剣の話題に谷口は、大好物の餌を目の前に待てを強いられた子犬のように目を爛々とさせ剣一に話の続きを催促する。
 まったくしょうがないなと思いながらも剣一は口を開いた。

「この前、どこかの大学のその道で有名な学者達が色々と調べに来たよ。何だか小難しい事をゴチャゴチャと言っててさ」
「うんうん」と頷く谷口。
 これで尻尾でも振っていればまさに忠犬だ。

「未だに信じられないんだけど地球外の鉱物で出来ていて、単純に硬度だけならダイヤモンド以上なんだってさ」
「マジっすか!それって隕石で出来た剣って事だろ! すげぇな、おい!」

 いつもリアクションの大きい谷口が、いつも以上のリアクションで驚いてみせると、隕石剣いんせきけんだ!隕石剣だ!と一人騒いでいる。
 剣一はそんな谷口の過剰なリアクションが嫌いではなく、むしろ好きだった。

「硬度がダイヤ以上か。一体どうやって加工したんだろうな? それにあの剣って人が扱うには重過ぎるんだろ?」

 谷口とは対照的な性格をしている橋本は、いつものように冷静な態度で剣の話を分析してみせる。
 橋本と谷口の2人がコンビを組んでお笑いでも始めたら、芸能界でもけっこう良い所まで行って成功するのではないかと、剣一はいつも本気で思っていた。
 剣一はそんなくだらない事を頭の隅で考えながら、考古学好きの橋本が喜びそうな結果を伝えた。

「学者達が出した現時点での結論によると、あの剣はオーパーツの一種なんじゃないかって目を輝かせて騒いでたよ」

「えっ、マジで!?」

 思った通り考古学好きの橋本の顔が綻んだので、剣一は妙に嬉しくなった。

「あのさぁ、オーパンツ?って何?」

 橋本とは違い考古学はサッパリで、キョトンとした表情をする谷口。
 そんな谷口の聞き間違えている単語も疑問の声も無視し、剣一は話を続ける事にした。

「剣の重さは30キロ以上はあるから、どんな力自慢でも武器としてまともに振り回す事なんて出来ないし、家に残されている文献などを見ても今までに武器として扱えた者の記録は一切残っていないんだ。学者達も武器としてではなく、何らかの儀式などで飾り物的な役割で扱われてたんじゃないかって言ってたよ」
「へぇ、そうなんだ。地球外の鉱物でダイヤより硬くオーパーツとくれば、そりゃあ国宝にもなるかもな」

 難しい顔をするわけでもなく橋本は腕組みをしながら冷静に頷いた。
 そんな中、話し込む剣一と橋本に放置プレイを受ける谷口が食ってかかって来る。

「だから、オーパンツって何なんだよ!」

 剣一が橋本に目をやると、橋本は面倒くさいという顔をしながら谷口に「パンツじゃねぇよ!」と取り敢えずツッコミを入れてから簡単な説明を始めた。

「オーパーツっていうのは〈 OUT OF PLACE ARTIFACTS 〉っていう言葉を略した造語で、日本語では〈 場違いな工芸品 〉って言う意味なんだ」

 自他共に認める考古学オタクの橋本は、ポカーンとした表情を浮かべる谷口に解説を続けた。

「ようするに、その物が作られた時代の科学・技術力では到底作る事が難しいとされる物の事を指してオーパーツって言うんだ」
「・・・!?」

 その説明では意味が分からないといった表情を見せる谷口。
 そんな谷口に対し橋本は、これでどうだと言わんばかりの例え話を持ち出した。

「例えばの話、今は当たり前のように普及している携帯電話が1000年前に既に作られていたとしたら、科学技術的に見ても明らかに場違いで可笑しいだろ?」

 橋本の説明にパッと明るい表情になる谷口。

「えっ!? あぁ、なるほどそう言うことか! そりゃ1000年前から電話が掛かって来たら可笑しいよな!」
「はぁー?」

 谷口のボケなのか何なのか分からない答えに、橋本はため息混じりに頭を抱え剣一を見る。
 橋本の分かり易い例えにも谷口は本気でボケているようだった。
 やっぱり2人は良いお笑いコンビになれると確信した剣一は、思わず笑ってしまうのであった。

 そんな笑いの根源でもある谷口が、興奮した顔色で剣一と橋本を交互に見やる。

「あのさぁ、あのさぁ、そんなに古い物なら、もしかして妖怪とか何かが剣に取り憑いてたりしてな!」

 考古学の話からは随分と飛躍した谷口の突拍子もない発言に、剣一と橋本は眉間に皺を寄せ真顔で顔を見合わせた。
 この2人のあからさまに怪訝な表情に、流石の谷口も少しうろたえてしまう。

「いやいや、ただの冗談だって! マジで引かないでよー!」

 いつもはある筈の2人からのツッコミが無い事に、谷口は動揺し慌ててしまっていたのだが、

「それって・・・、あるかもね」
「だな。物に宿る付喪神つくもがみって言うのもあるぐらいだしな」

 剣一と橋本の口から出た思いもよらない言葉に、谷口は本日2度目のキョトンとした表情をする事になるのであった。

「・・・へっ!? そうなの?」
「あぁ、なんたって日本には〈 八百万やおよろずの神々 〉なんてのが存在するぐらいだし。まぁ、谷口の言う妖怪の方は眉唾だけどな」

 この橋本の言葉に気を良くしたのか、谷口の天性の才が再び顔を出す。

「へぇーーー! じゃあ剣一の家の剣には、きっととびっきり美人な〈 八百屋やおやの神 〉が宿っているはずだ!」
『・・・・・・!?』

 谷口の余りにも爆発した才能に、剣一と橋本は思わず絶句してしまう。

「国宝なんだし。うん、間違いなく美女だな!」と、1人で大いに盛り上がり納得する谷口に、「・・・そこ、八百屋じゃねぇーよ!」と、大いにツッコミを入れる橋本。

 今年最高となるかもしれない2人の掛け合いに、剣一は大いに笑ってしまうのであった。






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