ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 剣一達3人が居る屋上に吹く風が少し強さを増していた。
 ほどよく湿気を帯びた風は人を感傷的にさせる。
 少年を冒険に誘うかのような風だ。
 風に吹かれ空を仰ぎ、慌ただしく流れる雲を見送る剣一が風に誘われるかのように呟く。

「僕はただ、強者との闘いを望んでいるだけなんだ」

 これは剣一の悪い癖の一つ空想癖と言うやつで、この手の呟きには橋本も谷口も慣れっこではあるが、流石にいつも苦笑せざるを得ない。

「またかよ剣一、14の中坊の言うセリフじゃないよな」

 唐突な剣一の呟きに橋本はいつものように呆れていた。
 谷口はと言えば無関心を装いつつも、何とかして剣一をからかってやろうと思考をめぐらせている様子。
 しかし剣一は、そんな2人に構わず空想癖の世界を拡大させて行く。

「戦国時代の武士や幕末の志士達、今でも剣豪として語り継がれる様々な剣客達」

 剣一は歴史を遠く空の向こうに見るような目で、誰に話すでもなく口を開き続けた。

「この国の歴史を飛び越えれば中世のヨーロッパには様々な騎士達だっていたはずなんだ。それこそ想像・伝説上の物語になんて嘘みたいに強い騎士達や剣士達が今でも語り継がれてる。夢でもいいからそんな強者達と一度立ち合ってみたいもんだよ」

 橋本と谷口が1人話を続ける剣一の事を不思議な生き物でも見るかのようにマジマジと見つめている。
 2人の好奇の目に晒されていても剣一はまるで気にしていなかった。

 剣一の武術の腕前は、達人と呼ばれてもまったく可笑しくない程の十二分な技量を持つが、剣一が立ち合いを望む相手は皆剣士ばかり。
 実はそれには理由がある。
 天地清浄流は世に存在する全ての武の始まりにして終わりだと語り継がれる究極の武。
 しかし一人の人間がその全てを極める事など到底不可能な事であり、自ずと自分と相性の合った一つの系統を核にして総合的に天地清浄流の修練を積み重ねて行く事になる。
 そこで剣一の武術の核となった系統が剣術というわけだった。

「剣一ってさぁ、相変わらずドリーマーと言うか何と言うか。きっと、その蒼い瞳には俺や谷口とは違う世界が見えてるんだろうな」

「って言うか、変だよなぁ! 明らかに変だよなぁ!」

 余りの谷口の言いように、流石に橋本が諭すかのように、
「そこまで言うなよ谷口。剣一は生まれてからずっと、一般の家庭とは違う特殊な家柄の世界で生きて来てるんだからさ」

 こう言う橋本はホントに物分りの良い奴だと剣一はいつも思っていた。
 そしてそれは剣一にとって多少とも救いになっていた。

「そりゃそうだけどさ。やっぱり変だよ」

 剣一も谷口の反応こそが世間一般的な普通の反応なんだと理解しており、谷口に限らず誰から何を言われようがまるで気にする事はなかった。

「そういや剣一、強者って言ったらまだ親父おやじさんには立ち合いで勝った事がないんだろ? 例の儀式、何てったっけ?」

 不意に思い出したかのような橋本の問いに、剣一は伏せ目がちに顔をこわばらせ淡々と答えた。

「実はこの前〈 先代超せんだいごえ 〉を果したよ。 父さんは今も床に伏せてる」

『えっ!?』

 橋本と谷口は言葉にならない声を出し、剣一を凝視したまま固まってしまった。
 剣一は以前2人に、先代超えの事を一度話した事があったのだが、2人はその話を半ば冗談だと思っていたのかもしれない。

「剣一の家って一体どんな世界なんだよ・・・」

 唾を飲み込みやっとの事で谷口がそう一言呟いた。
 剣一の突然のカミングアウトにより、3人の間をどんよりと重たい空気が支配していた。

 剣一が言う先代超えが始まったのは、天地清浄流30代目の頃からだと文献には記されている。
 次の世代が常に強く進化する為に行われるようになった儀式みたいなものであり、早い話が世代間での真剣勝負を行うというもの。
 ただし勝負の行方によっては命を落とした者も多くいたと伝えられている。

 剣一はこの命をも左右される真剣勝負において、自らの父親に勝ち先代超えを果した。
 これは剣一がよわい14にして天地清浄流を事実上継承した事になるのである。

 文献から歴代の先代超えを果たした年齢に目を通しても、剣一の齢14というのは飛び抜けて若い年齢であるのだが、その年齢を上回る人物が1人だけ存在した。
 それが、齢10にして先代超えを果たした剣一の父親であり、しかも武器を持つ相手に対し体術のみの素手で先代超えを果たすという内容であった。

 この事実を知る剣一は、天地清浄流史上において最強だと言えるであろう父親に、なぜ自分のような腕前で勝てたのだろうかと、先代超えを果たしたその日から疑問を抱えている。
 そして先代超えの勝敗が決したその時に父親が発した言葉、

『よくやった剣一。これでやっと俺は、真の天地清浄流と闘える・・・』

 その言葉が、今もずっと剣一の頭から離れないでいた。

 先代超えの話題で、剣一達3人の間には重たい空気が張り詰めていた。
 お互いの顔を見ようともせず、ただ黙り込んで無駄な時間だけが過ぎて行く。
 しかし、そんな無駄な時間は数分と経過する事はなかった。

 重たい空気を打ち破ったのは、やはり3人の中でもムードメーカー役の谷口だった。
 こういう時にだけ、谷口のようなキャラクターは有り難いと、剣一と橋本は胸を撫で下ろした。
 が、谷口はとんでもない爆弾を投下する。

「まぁ何だ! 何はともあれあれだ! 我等が清中きよちゅうマドンナの明美ちゃんが顧問だってのに部活に顔を出さない剣一はふてぇ野郎だ! 剣一が密かに思ってる花宮だっているのにさ♪」

「・・・なっ!? なに言ってるんだよ!」

 思いも寄らない角度から沈黙を破った谷口の発言に、剣一は思い切り動揺してしまう。
 激しく動揺する剣一を見て、橋本は腹を抱えて笑ってしまっていた。

「剣一さぁ、もう過去にタイムスリップでもして宮本武蔵や柳生三代とでも闘って来いよ!」

 動揺する剣一に対して調子に乗る橋本。
 そしてそんな橋本に、いつも調子に乗っている谷口が天然ボケもせずに話しに乗ってくる。

「いいね!いいね!ついでに幕末に寄って新選組全隊員とも闘って来いよ!」
「それじゃあ、僕は倒幕側かよ」
「何言ってるの! 幕府側とも闘って来い! 腕の立つ人斬りとかもいたんだしさ!」

 以前、谷口が何気に幕末好きだと知った時には、剣一も橋本も驚いたものだった。

「幕末好きの谷口には悪いけど、誰と立ち合っても剣一が勝っちゃうと思うぞ!」
「だよなー。だったらもう異世界にでも行くしかねぇんじゃね?」
「いいねぇーそれ!」

 谷口の異世界提案に面白がって頷く橋本。

「よくないよ!」と、剣一は嬉しそうに否定する。

 校舎の屋上で、3人の愉快な笑い声が、妖しく強く吹く風に乗って響くのであった。







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