ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 神々しく揺らめきながらナイトランドを慈悲深く照らす3つの太陽の下、帝都アクシルへと続く草原地帯の中で、短い足をバタつかせるようにして右へ左へと忙しなく駆け回り、動物たちと戯れるクエルノの姿がある。
 ヨレヨレの汚い文字で背面に大きく( 角 命 )と書かれたクエルノが羽織る外套は、今にも千切れて飛んで行きそうな程にボロボロだ。
 今では無残な有様となったマントではあるが、元々は蒼天の騎士隊三頭だけが羽織る事を許された超が付く程に高級な装備品であり、それをクエルノがジーニアから高額で買い取ったのだ。

 商人であるクエルノの背で共に幾多の旅を歩んで来たマントは、無気力なマリオネットのようにクエルノの不規則な動きにひたすら純朴に従いなびいている。
 何か言いようの無い哀愁を漂わせたマントの慌しい動きには、いっその事ならば繋がれる鎖が切れて自由に解き放たれたいという願望が見え隠れしているようだった。

 ナイトランドには様々な形や色の角を生やした動物が実に多く見られるが、この草原地帯ではそれが顕著によく見られた。
 今は帝都で束の間の休日を満喫しているであろう榊剣一も当然のように、帝都へと続くこの大草原に立ち入っている。
 大聖堂のように荘厳に根付く巨大樹はもちろんの事、剣一は自身が見た事の無い不思議で幻想的な姿をした生物達にさぞや驚いた事であろう。
 その中でも取り分け、角を生やした鳥類には面食らったに違いない。

 この神秘的な命が溢れる大草原において、ただ無秩序に駆け回っているように見えたクエルノだが、どうやら意図的に角を持つ動物を狙って駆けているようだ。
 次から次へとクエルノは角を持つ動物に接近しては、陽光で虹色に輝く自らの角を動物の角に向かって激しくぶつけて行く。
 このクエルノの行為に、何故か動物達は逃げるどころか嫌がるそぶりすら一切見せなかった。
 中には頭を垂れ自らクエルノの角に当たりに来る動物さえいるぐらいであり、角を生やした様々な大きさの鳥類に至っては、大空や巨大樹の枝から滑空しては当たりに来ていた。

 それにしてもこの奇怪な行動の後には、奇妙な現象が見受けられた。
 それはクエルノと角を接触させた動物達の活力がみなぎって行くように見えるのだ。
 これはまるで、陽光を受け虹色に輝くクエルノの角から動物達の角を通して、生気が分け与えられているようにも感じる不可思議な光景であった。


 角と角が接触する鈍い音を耳にしながら、帝都アクシルに向かってのんびりと歩くジーニアとサッチャンの目にも、このクエルノと動物達の奇怪な行為は映し出されている。
 この光景を過去に何度か見ているサッチャンではあったが、口を思わず開きジーニアに尋ねていた。

「ジーニア隊長、あれって何をやっているんですかねぇ。クエルノさん流のただの触れ合いなんでしょうか」
「っん!? サッチャンはあの行動が何なのか知りたいのか?」
「いえ、すみません。実はまったく興味はありませんでした」

 このまるで感情の篭っていない2人の乾いたやり取りには理由があった。
 今の2人の関心事は、すっかりと他にあったからである。
 その向けられた関心事とはもちろん、ジーニアにとっては帝都での祭りであり、サッチャンにとっては自身が持つ刀剣へである。
 特に刀剣にまつわる新たな知識をジーニアとクエルノから得たサッチャンは、心を大きく躍らせていた。

「私ももっともっと修練に励まなくちゃ! はぁ・・・ 私も早くこの子の声を聴いてみたいなぁ」

 サッチャンは自らの左腰に携える細身の剣に視線を落とすと、愛おしそうにして剣の柄頭にそっと左手を当てるのであった。

「そうだ、一つ注意する事があった」

 ジーニアはうっかりしてたと言わんばかりの表情を見せると、念でも押すような口調をとった。

「サッチャンは間違いを犯さないだろうけど、近ごろ流行ってる薬物や昔からある胡散臭い儀式などに頼って、楽して剣刀師や道術師の力を得ようとはしないでくれよ」
「っえ!? そのような方法でも力が得られるんですか!?」
「これが得られちゃうんだよ。ただ高確率で失敗するけどな」
「失敗するとどうなってしまうんでしょうか?」

 そう言ったサッチャンの喉が唾を飲み込んで音を鳴らした。
 ジーニアが渋い顔で黙っていると、いつの間にやら動物達との戯れを切り上げていたクエルノがポツリと呟く。

「そうやって魔に刺された奴のほとんどが、魔物や魔鬼になっちゃうんだぞ」
「・・・!?」

 思いも寄らない事実に、サッチャンは唖然として手で口を押さえてしまった。
 どうやらクエルノの言葉から察するに、ほんの一部ではあるようなのだが、魔物や魔鬼の類というのはそうやって禁忌を犯し失敗した者達の成れの果てであるらしいのだ。
 この驚愕の事実を初めて知る事となったサッチャンへと、満面の笑みでクエルノが容赦の無い追い討ちを掛けていく。

「安心しろサッチャンちゃん! もしもサッチャンちゃんがそうなっちゃった時には、あたしとジーニアちゃんが確実にブッ殺してやるからなっ!」
「・・・いや、そういう事を言うの止めて下さい本当に」

 恐ろしい事を平然と愉快そうに言ってのけるクエルノに、サッチャンは背筋の凍る思いで嫌がって見せるのであった。

 しかしそれとは同時にサッチャンは、もしも自分が本当に魔物や魔鬼になってしまった場合に、目の前に居る2人は自分の事を躊躇無く始末するだろうとも確信していた。
 クエルノはこの通りの性質なので間違いなくそうするであろうが、サッチャンは蒼天の騎士隊隊長のジーニアまでもがそうするだろうと、日頃から疑心を抱いていたのである。

 サッチャンはジーニアが本気で怒った姿を一度も見た事がなければ、不機嫌にしている姿も悲嘆にくれる姿も見掛けた事がない。
 ジーニアが不平不満を口にしたとしても、それは何処か他人事のようであり冗談混じりだ。
 いつもすっとぼけている温厚なジーニアしか、サッチャンは知らないのである。
 人には必要な一部の感情を戻れぬ過去で切り離し、明るく澄み切った心で生きるジーニアに対して、サッチャンは深い悲しみと漆黒の闇を感じ、見えない恐れを抱いていたのだ。

 もしもジーニアが蒼天の騎士隊隊長の座から降り、更には蒼天の騎士隊から去った場合に、果たしてジーニアは今までと同じように自分達と接してくれるのだろうか?
 本人から聞いたわけではないが、蒼天の騎士隊はジーニアにとっての枷なのではないかと、サッチャンは普段からふと感じる事があったのである。

 サッチャンはそんな不安を宿した視線を無意識の内に、隣で両手を頭の後ろに回し呑気に歩くジーニアに向けていた。

「・・・っん!? どうしたサッチャン?」
「い、いえ、何でもありません」

 妙な視線をジーニアに気付かれたサッチャンは、慌てて視線を外し取り繕うのであった。
 そんなサッチャンの心情などお構い無しに、クエルノが調子良く激励を飛ばす。

「せっかくソウオドちゃんが見立ててくれた囀啼ノ剣なんだ、うんと修練を積んで実力でモノにして見せろよな! サッチャンちゃん!」

 やたらと物言いが上からのクエルノではあるが、特に嫌味で言っている訳ではない。
 それを承知のサッチャンもクエルノの言葉に、気力の溢れる返事で応えるのである。

「も、もちろんですとも! 必ずやご期待に応えて見せますよ!」

 気持ちの良いサッチャンの意気込みに、気を良くしたジーニアは満面の笑みである。

「いいねぇサッチャン! 剣刀師が1人でも増えてくれれば、それは蒼天の騎士隊の戦力アップにも直接的に繋がる。ウェザーの中でも蒼天は他の3個騎士隊に比べて、剣刀師も道術師の数も圧倒的に少ないからな」
「そうだったんですねぇ・・・ 刀剣に関する事もそうですけど、私ってまだまだ本当に何も知らないんですね」

 申し訳無さそうに肩をすくめるサッチャンに、ジーニアは気にするなと声を掛ける。

「しょうがないさ。サッチャンはナイトランドに来て、まだ1年も経ってないんだろ? それに毎日、隊付の任務にも追われてるからな」
「それは、そうですけど・・・」

 ジーニアの言う通りだとは分かってはいても、負けん気の強いサッチャンは今ひとつ納得が行かないようだ。
 そして、そこに油を注ぐのが、今やクエルノの役割である。

「ブッぷぷぷっ、サッチャンちゃんなんてまだまだ、ぴーよぴよのアヒルちゃんだからなっ!」

 クエルノは頬を窪ませ口ばしを作って見せると、短い両腕をバタつかせ「ぴよぴよー! ぴよぴよー!」と、サッチャンを挑発するようにして跳ね回る。

「・・・クエルノさん、流石にそこまでやられると気分が悪いんですけど」

 執拗に小馬鹿にして来るクエルノ対してサッチャンは少々ムッとするのだが、当のクエルノは気にも留めていない様子でひとりアヒルを演じて楽しむのであった。

 日頃からクエルノにだけは馬鹿にされたくないと思っているサッチャンは、ひとまずクエルノの事を気にしないように努め、この機会に少しでも見聞を広めておこうとジーニアに思い付いた事を尋ねてみるのである。

「あのぉ、先程のジーニア隊長のお話は自分なりに理解はしたつもりなんですが、もしもの、もしもの話ですよ」

 慌てて断りを入れるサッチャンに、ジーニアとクエルノは不思議に思いながら、サッチャンのもしもの話に耳に傾ける。

「剣刀師と道術師の両方の力というか適正を持った方がいたら、とんでもなく凄いと思うんですけど、って、そんな方いませんよね?」

 まさかの突拍子も無いサッチャンの発言に、ジーニアとクエルノは驚いたように顔を見合わせると、同時に「いるよ」「いるぞ」と、サッチャンのもしもの話を肯定するのであった。

「っえ!? いるんですか!?」

 サッチャンは自分で聞いておきながら派手に驚いた様子だ。

「そんな力を持った者は例外中の例外で誕生する〈 超越者オーバーロード 〉と呼ばれる者達の事だ。俺とクエルノが知る限りでは、片手で数えられるぐらいなら知ってるよ」
「オーバーロードですか!? そんな力を持った方がいるなんて、もう正に選ばれし者じゃないですか!」

 実は超常的な話が大好物でもあるサッチャンは、もう完全に興奮状態であった。

「サッチャンの言う通り、まさに選ばれし者だな。普通は道術師の素養がある者は、何故だか囀啼ノ剣には拒絶されて刀剣の声は聴こえない。つまりは剣刀師になる事は出来ないわけだから。オーバーロードの存在を初めて知った時には、俺とクエルノも流石に驚いたっけ」
「そうでしょうねぇ。道術師であるだけでも凄い事だと思うのに、世界は広いものなんですねぇ」

 サッチャンはただただ感嘆するのであった。
 そんなサッチャンの驚きの様子に、クエルノがニヤ付いた笑みを浮かべている。
 クエルノの笑みが余りにもその訳を聞いてくれと言わんばかりだったので、サッチャンは尋ねざる負えなかった。

「どうしたんですか、クエルノさん」
「オーバーロードなら、あたしの軍団にも何人かいるぞ!」
「またまたー、それに何ですか軍団って、今日は見掛けませんがいつもの旅のお仲間の事なんじゃないですよね?」

 サッチャンはクエルノの言葉を真に受ける事も無く、聞き流すようにして愛想笑いを浮かべるだけであった。
 そして、サッチャンは当然のように気付いてはいなかった。
 既に自身が、道術師と刀剣師の両方の力を有する超越者とは、面識があるのだという事実に。
 少なくともサッチャンは、2人のオーバーロードを知っているはずであった。







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