ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 サッチャン・マグガバイが生きて来た世界に比べれば、このナイトランドのある世界はまさに想像を絶した大海原だと感じるに違いない。
 こちらの世界に流れ着き、蒼天の騎士隊での生活にも随分と慣れ親しんで来ているサッチャンではあったが、それでもまだまだ未知なる事がナイトランドには数多くある。
 剣刀師やそれが持つ刀剣などに関する話も、今さっき知ったばかりの新しい知識だ。
 もともと向上心が強くコツコツと知識を蓄えているつもりであったサッチャンだが、思いも寄らないクエルノの言葉から再び困惑の荒波へと、今にも壊れてしまいそうなボロボロのイカダで放り出されてしまった。
 新たな知識が眠る島を目の前にして、ひょっとしたら座礁してしまっているかもしれないサッチャンへと、救いの船を出したのはジーニアである。

「剣刀師って言うのは、何か特別に選ばれた者でも何でもなくて老若男女、人種族も問わず誰にでもなる事が出来るんだ。因みにこう見えてもクエルノだって立派な剣刀師だしな」
「っえ!? 誰にでもっ!? って、クエルノさんも!?」
「そう。刀剣の啼く声にさえ呼応できれば誰でも剣刀師だ」

 ジーニアの余りにも信じ難い言葉の連続に、サッチャンは半信半疑の様子で少しばかり面喰ってしまっている。
 そんなサッチャンを見上げるクエルノは、両手を腰に当てながら「えっへん!」とでも言いたげに満足気な表情を浮かべ構えていた。
 もちろんサッチャンはこれに付き合う気など、更々に無いのはいつもの事である。
 サッチャンとクエルノの間で繰り広げられているであろう、まったくもってして無益で見えない駆け引きを無視してジーニアが話を続けていった。

「まぁ、誰にでもなれるとは言っても、刀剣に呼応できた事と実際にその刀剣を使いこなせる事とは、当然ながら話は別なんだけどな」
「そうだったんですね。先程のクエルノさんの反応はそう言う事でしたか」

 ひとり小さく頷くサッチャンは、先の否定的なクエルノの態度の理由に納得した様子だ。
 そんなサッチャンにジーニアが補うように言葉を続ける。

「そうするとサッチャンがイメージしているような選ばれし者ってのは、少なくとも剣刀師の事では無いって事になるのかな」
「・・・?」

 意図しないジーニアの焦らすような言いまわしのせいで、サッチャンの頭の上には透明な疑問符が見え隠れしながら浮かび上がっていた。
 その透明な疑問符に気付いたジーニアは、真っ直ぐな眼差しを向けて来るサッチャンに真剣な面持ちで答えて行くのである。

「人智を遥かに超越した大いなる自然や、様々な時代や文化の中で崇められる神々の存在があったとする。そういう未知が何かしらの形で関わり、運命の采配ってやつによって選ばれた者となると、それはやっぱり印道術師をはじめとした道術師の事なんだろうな」
「それってつまり、バネッサ副隊長のような方々が選ばれし者って事なんですね」

 サッチャンは敬愛するバネッサの名前を挙げると、納得するように2度ほど軽く頷いた。

 印道術などの道術というのは、まだまだ人知が遠く及ばない程に広大な深淵であり、ナイトランドにおいても一般的に道術の事が魔導術や魔法術などと畏れを含み呼称される事もあるぐらいである。
 数の上でも道術師は剣刀師に比べ極めて少数な為に、稀少な存在としても特別視されているのであった。
 また、ジーニアは敢えて口にはしなかったが、囀啼ノ剣に宿る能力と印道術には、何かしらの関連性があると昔から言われている。
 研究の為に超帝国全土に散らばっている専門家などの間では、囀啼ノ剣は刻印ノ剣の亜種的な位置付けであり、更には何かしらの要因により変異した物ではないのかと言う見解までも存在しているのだった。


 先程まで見え隠れしていたサッチャンの頭上に浮かぶ疑問符は、今はもう完全に消え去っていた。
 それを確認したジーニアが大きく一つ頷いて見せる。

「生まれ持った特別な才能を授かった才人が道術師で、そんな才能を授からなかった凡人が剣刀師ってところだな」

 ジーニアは単純明快に道術師と剣刀師を比べると、肝心な事だと両者に関して改めて付け加える。

「ただ勘違いしないでくれよ。選ばれし者だからと言って道術師だから優れていて、剣刀師だから劣っているという事にはならないからな」
「それってどう言う事なんですか?」

 至極もっともな反応を示すサッチャンに、ジーニアは少し考える素振りを見せると、すぐに屈託の無い笑みを浮かべて答えた。

「そうだなぁ・・・ ここは世界で最も多く騎士が集まる国ナイトランド、道術師じゃ無くても強い者は沢山いて、その強さの種類も肉体で精神でと様々だ。どれだけ運気に恵まれ天賦の才を授かった道術師だろうと、結局のところ圧倒的な努力に勝るものは無いって事かな!」

 努力こそが全てだと言わんばかりに得意気なジーニアの言葉を聞いて、クエルノが遠慮も無しに愉快に笑い出す。

「ブッぷぷぷっ! 努力の鬼のジーニアちゃんがそれ言っちゃあ笑えねぇぞ、こんにょヤロー!」
「ッフフ、本当にそうですよね! 努力とは無縁のジーニア隊長に言われては笑えませんよね」

 サッチャンもクエルノの言葉に同調するようにして笑い出すのであった。
 が、しかし。

『・・・・・!?』

 どうした事であろうか、全身を震わせ壮快に笑い合っていたはずのクエルノとサッチャンの笑い声が、まったくの同時にピタリと止んでしまった。
 2人は不思議そうな表情をあらわにすると、うっかりボタンの掛け違いを起こしてしまった時のような、些細な違和感に晒されながらお互いに顔を見合わせるのである。

「・・・っえ!?」とクエルノがサッチャンの言葉に驚いてみせると「・・・っん!?」と今度はサッチャンがクエルノの言葉に驚きを表したのだ。

 どうやら2人は、お互いが笑い出した理由がまるで違うものだと言う事に気付いたようである。
 もちろんこの事にジーニアもすぐに気付くのであったが、ここは2人を無視するように話を続けて行った。

「俺も色んな道術師や剣刀師を見て来たけれど、どちらにも一長一短あって、結局は各個人の力量に頼る事が大きいんだ。実際に恐ろしい力を持った者は剣刀師にも道術師にも存在しいて、言ってみればどちらもピンキリってやつだな」
「・・・なるほど」と、サッチャンが頷くと、ジーニアは苦笑い浮かべて「とは言っても、力を持たない庶民や剣刀師を見下して偉ぶっている道術師ってのが、困った事にけっこう居たりするんだよなぁ」と、愚痴るように言葉を溢すのであった。

 ジーニアの話にもあった道術師と剣刀師の一長一短について、数ある例としてはこんなものがある。
 道術師が道術を行使するには肉体・精神的な負荷が強いられ、術を持続させる時間にも当然のように限りはある。
 個人の力量にも左右されるのだが、術が強大に強力になればなる程に発動回数にも制限が生じるのだ。
 それにひきかえ剣刀師が扱う囀啼ノ剣の力の発動には、道術のような肉体・精神的な負荷も無ければ、刀剣の力の持続時間にも限りは無く、力の大きさに関わらずに発動回数にも制限はない。
 乱暴な言い方をしてしまえば、道術師とは多様な術を有限で扱い、剣刀師とは単一の能力を無限に扱うという事である。
 もちろん何事にも例外というものが付きものだが、そうそう有るものでもない。

 そして、囀啼ノ剣に秘められる固有能力や強大さというのは、それを手にする剣刀師の純粋な力量とは必ずしも比例はしないという事が普通にあった。
 これはつまり、道術師と刻印ノ剣とでは能力が釣り合う必要があるが、剣刀師と囀啼ノ剣とでは能力が釣り合う必要が無いと言う事であり、その是非を判断するのが刻印ノ剣や囀啼ノ剣に宿るとされる意思なのである。


 ここまでの話を頭の中で確実に消化出来ている事が分かる程に、サッチャンの表情には晴れ間がのぞいていた。
 ジーニアもそんなサッチャンの表情に教え甲斐を感じているようである。

「どうだサッチャン、多少なりとも刀剣を取り巻く世界が見えて来たんじゃないか?」
「はい、お陰様で。でもそうなると道術の才能の無い私には、剣刀師になれる可能性があるってわけなんですよね」
「そう言うことだな。ただ剣刀師になれたとしても刀剣の能力に頼っているばかりでは戦場で痛い目に遭ってしまうからな。剣刀師の力の優劣には刀剣術はもちろん、武闘術の力量が相乗的に大きく影響して来るものだから日々の鍛錬は本当に大事なんだ」

 鍛錬の重要さを説くジーニアの言葉を、再びクエルノが豪快に笑い飛ばして行く。

「ブッぷぷぷっ! なんだかんだと言ったって金持ちの貴族や富豪でもなければ、囀啼ノ剣なんて高額過ぎて手が出せないぞ! ウェザー騎士団や超帝国騎士団の騎士でも、所持しているのは一部の奴らだけだからな。ただの平民で弱い奴なんか絶対に手にする事が出来ない代物だ!」
「そうですよねぇ。そう考えると私は随分と恵まれていますよね」と、サッチャンは少し申し訳無さそうな表情を浮かべるのであった。

 貴族などの富豪の中には自らが剣刀師や道術師でも無いのに、それらが扱う刀剣を所有している者が多く存在している。
 囀啼ノ剣や刻印ノ剣を所持する事は、富と権力を誇示する為の象徴とも成り得るからであり、剣刀師や道術師などの有能な騎士を自らの配下に抱える事もまた同義であった。

 これが貴族でも富豪でも無い一般的な平民などでは、一体どのような感じなのであろうか。
 ナイトランドにおいて最も効率良く手っ取り早い金銭の稼ぎ方というのは、騎士組合であるナイトメディアでの魔鬼や魔物などの討伐依頼をこなす事である。
 特に報酬が良い魔鬼の討伐ともなれば、それなりの強者でなければ務まるものでも無く、とてもじゃないが破格の価値を持つ囀啼ノ剣や刻印ノ剣を入手する事など極めて困難な事なのだ。

 これだけ価値の有る刀剣ならば、賊などの悪党に狙われるかもしれないと想像する事は難しくはない。
 商人として独自の情報網を持つクエルノは、この手の話は当たり前のように把握している。
 もちろん最近になってやたらと巷を騒がせているナイトハント事件についても既に承知していた。

「もしかしたら最近よく聞く騎士狩りなんかも、値打物の刀剣が絡んでるのかもしれないぞ! 隊付として駆けずり回る事が多いサッチャンちゃんも賊には気を付けろよっ!」
「そうですよね。気を付けたいと思います」

 愉快に笑いながら忠告をして来るクエルノに、サッチャンは畏まった面持ちで首を縦に振って見せるのであった。






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