ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

0 3 5



 蒼天に燦々として輝く3つの太陽が、広大な大地に気象現象として大規模な陽炎を作り出すというのは、ここナイトランドでの日常的な風景の一つである。
 そのような風景の一コマの中、激しく揺らめく大気の中を、白い色をした何かが、人の歩く速度で軽快に移動している。
 敢えて白い何かだと表現したのは、過剰に言えば空間を捻じ曲げてしまいそうな程に強烈な陽炎のせいで、余りにも不鮮明でありその正体が掴めないからである。
 そして、そんな正体不明の何かから、唐突に大きな音が発せらるのであった。

「おーーーい! ジーーーニーーアちゃーーーん!!」

 その音の正体は、人の言葉であった。
 つまりこの激しい陽炎の中を軽快に移動する白い何かとは生物であり、人の言葉を話せる知的生命体だと断言できた。
 おそらく言葉を発する為に口もあるのだろう。

「っんーーー!?」

 ふと、陽炎の中で揺れる白い知的生命体が、数キロ先から広がっている帝都アクシルの街並みに注目する。
 どうやらこの知的生命体には目があり視覚機能も備わっているようだ。
 白い知的生命体は、ある一件の飲食店のテラスを見ていた。
 そこには椅子に座りテーブルを囲む3人の男子の姿があった。

「あれはっ!? 蒼天の騎士隊の隊服じゃねぇかよ!」

 何と驚くべき事に、この白い知的生命体には、数キロも離れた人間の装う服がハッキリと見えており、更にはその服を着用している人物の顔までも、その瞳の色までも認識出来ているのであった。

「あの目ん玉は!? 綺麗な蒼い目ん玉だなぁ~! ザイオンちゃんの目ん玉と同じぐらいにイカしてるなっ!? そうか、あんにょヤローがジーニアちゃんが拾って来た剣一ちゃんか!!」

 飲食店のテラスで談笑している3人組の一人は、帝都アクシルに散策に連れられて訪れていた榊剣一であった。
 白い知的生命体は、剣一の蒼い瞳がとても気に入ったのか、揺らめく陽炎の中で、笑いながら自身も体を揺らしている。

「ザイオンちゃんの時は流石に無理だったけど・・・ブッぷぷぷっ! 剣一ちゃんのあの目ん玉を刳り貫いて、闇市場にでも持って行けば随分と高く売れそうだなっ!」

 剣一が聞けば間違いなくゾッとするような、おぞましい言葉を口にする白い知的生命体だが、その正体は、依然として激しく揺らめく陽炎というベールに包まれ朧げである。

 帝都アクシルから視線を元に戻した白い知的生命体。
 その驚異的な視覚が数キロ前方を歩く、蒼天の騎士隊の騎士隊長を務めるジーニア・ブレイブの姿を確実に捉えていた。
 そして届くはずも無いのに、再び大きな声を上げるのである。

「おーーーい! ジーーーニーーアちゃーーーん!!」



 ウェザー騎士団の各騎士隊本部が集結する駐屯地から帝都アクシルの市街地に至るまでの領域は、広大な草原地帯になっている。
 この草原の所々には随分と離れた間隔ではあるが、高さが優に100メートルを超え、そして幹周りは約50メートルという巨大樹が、3つの太陽に挑むかのようにして何十本とそびえ立っていた。
 大きな木陰を作り出しているこの巨大樹は、有り余る程の木の実を生み出し、巨大な幹と葉には潤沢な水を蓄えている事もあり、そこへ集まっている数多くの鳥類や哺乳類を始めとする動物達にとっての、さながらオアシスのような存在となっているのであった。

 数多くの騎士が集まるという事で、アークシール超帝国はナイトランドなどと呼ばれている訳だが、騎士以外でもナイトランドには、実に多くの種類・数の生命が存在しているという、動植物や昆虫の楽園としても世界的に有名な国なのである。
 様々な大きさや様々な形は当然のように、ナイトランド固有の生物も数多く、この国には専門家を大いに喜ばせるであろう生物達の未知なる生態系が広がっているのであった。

 そう、ナイトランドには、榊剣一の故郷である地球には存在しないであろう、まるで夢物語のような幻想的な生物が数多く生きているのである。
 そんな幻想生物を目の前にした時、剣一はいったいどんな顔をするのだろうか、それを想像する事は何も難しくはないはずである。

 数多くの騎士が集うナイトランド、それはつまり多種多様な職務に就く騎士が揃っているという事でもあった。
 その騎士の中には、動植物や昆虫をはじめとした様々な生物の生態調査や、絶滅の危機に瀕している生物の保護活動などを行う、学者や活動家と変わらない職務に就く騎士もいるのである。
 そして残念な事に、その反対である狩猟、いわゆる密猟などを行う騎士も存在していた。
 もちろん、そのような密猟者の取り締まりや、危険生物から専門家などを護衛する任務など、騎士本来の働きに近い職務も当然のようにある。
 人が集まる所に必ず争いが生まれるというのは、何処の世界にも共通する単純な方程式であり、ナイトランドの騎士はそんな方程式に当然のように組み込まれる未知数なのかもしれない。


 さて、そんなナイトランドに生きる固有の動物の一頭が、両腕を頭の後ろで組みながら、気持ちよさそうに木陰の中をテクテクと歩くジーニア・ブレイブの前を、ゆっくりと横切って行く。
 サイやカバのような体型をした四足で歩くこの動物の名は、クリアルディガと呼ばれている。
 この個体の体長は6メートル程で、頭部の2本の角が曲線を描いて後方に真っ直ぐ伸びている。
 背の部分が透明な風船のように大きく膨らみ、その中が水で満たされ揺れ動いて見えている事が大きな特徴である。

 クリアルディガは人を恐れないのか、ジーニアの事などまるで気にしていない様子でジーニアの進路を塞ぐ形で、ノシリノシリと歩を進める。
 ジーニアも同じく、目の前のクリアルディガを気にする事もなく、その歩みも止めずに、自分の何倍もの大きさがある動物の腹の下を、平然として潜り抜けて行くのであった。
 まったく、この状況は異常接近にも程があり、少しでもタイミングが違えば、ジーニアはクリアルディガの巨大な脚に派手に接触していたのかもしれない。
 しかし、これが普段からその無鉄砲さで周囲の者達を引っ掻きます回す彼なのであり、良く言えば豪胆なるジーニア・ブレイブなのであった。

 ジーニアの薄っすらと虹色に輝く水晶のような瞳には、陽炎に揺れる帝都アクシルとその上空に打ち上げられる昼花火が映し出されている。
 駐屯地から市街地までは直線距離して約3キロの道のりである。
 大人が歩いても1時間も掛からない距離だが、祭りを心の底から楽しみにしているジーニアにとっては、実に長い距離だと感じているのか、それともあれやこれやと祭りを楽しむ事を考えていて一瞬の距離だと感じているのか。
 どこまでも前向きなジーニアの性格と、そのニヤ付いた表情から察するに、おそらくは後者であろう。

 そんな感じで頭の中が祭りの事で一杯になっていたジーニアであったが
「っん!?」と何かに気付くように声を出すと、祭りの楽しい妄想が掻き消えるのであった。
 ジーニアは聞き慣れた声に、呼ばれたような気がしたのだ。
 駐屯地のある後方からのサッチャン・マグガバイの追い掛けて来る声にはずっと気付いていたが、どうやらその声ではないらしい。
 声はジーニアの前方左手から聞こえて来るのであった。

「おーーーい! ジーーーニーーアちゃーーーん!!」

 ジーニアを呼ぶ声が、今度はジーニアの耳にも確実に届く。
 陽炎で揺らめく帝都アクシルに向かって右方向に首を傾げ目を凝らして見るジーニア。
 そう、陽炎に浮かび上がる姿は、あの白い知的生命体である。

 知的生命体が陽炎の中から徐々に抜け出て来ると、ジーニアの目はその生物の姿を確実に捕らえるのであった。
 この白い知的生命体を極めて簡単に形容するならば、それは、丸みを帯びた50センチ程の白い寸胴である。
 人型らしい胸から腰にかけてのくびれは無く、胸から頭にかけての首らしきくびれが僅かながらにあるぐらいなのだ。
 手足に至っては丸みを帯びた白い寸胴に、ちょこちょこっとお飾りのように生えているという容姿である。
 そして、この白い知的生命体の容姿において、とりわけ注目せざる負えない点があった。

 歩みを止めずに訝しげな表情で白い知的生命体を見るジーニアの視線が、生物の頭部から空へ向かって上へ上へと移って行く。

「うわぁー、何なんだよクエルノの奴。相変わらず意味不明な事やってるなぁ・・・」

 ジーニアが呆れ果てた声色で呟いたクエルノと言うのが、どうやら白い知的生命体の名前のようだ。
 そして呆れ顔のジーニアが目にしている物とは、目測にして上空数キロにまで及ぶ、クエルノの頭部から生える余りにも長い角であった。
 よく観れば頭部からは何十という数の角が複雑に生えており、その角はまるで天を掴まんとして上へ上へと伸びるツル植物のようである。
 そんな何十本もの角が上空へ向かって、互いに複雑に絡み合う事で、とてつもなく巨長な1本の角を形成しているのであった。
 
 クエルノの丸みのある体とは対照的に、この巨長の角はゴツゴツとして不規則に角張っている。
 角の性質は骨質というよりは角質のようであり、それはこの世界において例えるならば、生ける伝説とされるドラゴンの強堅な鱗のようである。
 それ程に大層なものに例えられるクエルノの角は、プリズムを思わせるようにして太陽の光を複雑に屈折、分散、反射させる事により虹色を帯びて眩しいぐらいに輝いており、さながら七色の巨塔であった。






0 3 4  目 次  0 3 6




2001-2020 © DIGITALGIA

当ウェブサイトに掲載されている画像・文章など、著作物の転載・複製・改変などの一切を禁止しています。