ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 ジーニアとサッチャンの会話にあったシャーラというのは、蒼天の騎士隊に所属する女騎士であり、サッチャンと同じ職務を担う騎士隊付である。
 ウェザー騎士団の各騎士隊には隊付という役職があるのだが、隊付の任務に就く隊員の数は、純粋に騎士隊の規模であったり、各部隊が広範囲に渡り展開している場合などによって大きく異なっていた。
 蒼天の騎士隊で言えば、ウェザー騎士団の中では最も少ない5人であり、最も隊付を多く抱える叢雲むらくもの騎士隊に至っては20人を超える。

 隊付の主として行う任務の一つが、各部隊や騎士隊三頭を繋ぐパイプ役、つまりは伝令任務というものがある。
 砕けた言い方をすれば、雑用係や便利屋などとも呼べるのかもしれないが、ウェザー騎士団では各騎士隊の部隊単位で任務に当たる事が常である為、騎士隊としての情報の共有化を果たす上では非常に重要な役職なのである。

 そしてウェザー騎士団に取り入れられ、他ではまず見られない騎士隊三頭という組織体系を機能させる上でも、隊付の役割は極めて大きい。
 騎士隊三頭という体系が取り入れられた理由の一つが、騎士隊隊長による独裁を防ぐというものだ。
 この組織体系により騎士隊においての最高権限が、騎士隊隊長・騎士隊主席・騎士隊筆頭という3人の騎士に同等に与えられている。

 今の蒼天の騎士隊においては、騎士隊筆頭の座はある事情により空位となっており、騎士隊三頭としての組織体系は充分に機能しているとは言えない。
 そこで一般的に最も多くの騎士団や騎士隊で採用されている隊長・副隊長という体系を隊内において臨時的に採っている。
 現在、副隊長の職務はバネッサ・アークシールが受け持っているが、バネッサの騎士隊三頭としての実際の役職は騎士隊主席なのである。

 このようにリーダーが3人存在するという状況では当然のように大なり小なりの弊害を生ずる事となり、その思考は三者三様であり、隊に混乱を来たす事態にも成り得る。
 そこで、隊付が意思疎通のパイプ役となっているのだ。
 各部隊と同様に、騎士隊三頭も常に任務を共にしている訳では無い為に、隊付は昼夜を問わずナイトランド中を駆け巡っているのであった。

 騎士隊付は以上のように特殊性、機密性の高い職務である故に、気力・体力はもちろん、状況や場合によっては他の3個騎士隊とのパイプ役となる事もあり、人格的にも優れ柔軟性も必要とされる。
 伝令の際には、危険区域への立ち入りや様々な危険生物との遭遇、他者に情報を奪われない為の戦闘的な強さも求められる役職なのである。


 そんな蒼天の騎士隊の隊付の一人であるサッチャン・マグガバイの目が、名探偵さながら騎士狩りの真犯人に辿り着いたとばかりに輝きを放ち出す。

「情報によると、ナイトハント事件は単独ではなく、複数犯によるものなんだそうですよ。超帝国騎士団やウェザー騎士団の騎士にも被害が確認されいるんですが、幸いにも命が助かった騎士の証言によると、実行犯の中に清浄流の使い手が居たのだとか・・・」

 そこまで口にしたサッチャンが、軽蔑の眼差しで同じく清浄流の使い手である青年をジッと凝視している。

「なんだ!? なんだ!? その目はサッチャン!?」

 何時に無く冷淡なサッチャンの視線に、流石の青年にも動揺の色が見え隠れするのであった。

「よくよく考えれば隊長って、いつもいつも行方をくらましてばかりで、アリバイもほとんどありませんよねぇ?」

 サッチャンに痛い所を突かれた青年は、反撃の糸口を見付けられずに、ありきたりな言葉を返す事しか出来ないでいた。

「だ、だからって、俺が騎士を狩ってどうするんだよ!?」
「どうするも何も、過去に清浄流の使い手を潰して回ってたんですよね?」
「そうだよ!」
「じゃあ、騎士を狩っても可笑しくはありませんよね?」
「そうだな!」

 2人は漫才のその先へと、はたまた、新たなる次元へと立ち向かおうとしているのか、これが青年とサッチャンの日常の光景。

「あいつだ、サッチャン! 剣一のやつだ!」と、苦し紛れの青年に
「・・・隊長、もっとちゃんとボケて下さいよ。ぜんぜん面白くありませんよ」と、言い放つサッチャンは満面の笑みである。

 この犬も食わない、いや、ねずみですら食わないであろう下手な夫婦漫才を、サッチャンは心から楽しんでいるようであった。


 今は蒼天の騎士隊副隊長であり、騎士隊主席であるバネッサ・アークシールの待つ隊本部へと向かうしばらくの間、青年とサッチャンの全くもってたわい無い夫婦漫才は、木々に止まる小鳥達を観客にして続いていた。
 当然のように人間の言葉が通じる訳でもないが、これでも小鳥達にはなかなか評判の良い漫才なのだ。
 そんな夫婦漫才の最中、ふと青年は空を見上げると、サッチャンの報告の中にバネッサの印道術の話があった事を微かながらにも思い出すのである。

「しっかし、ヴァネルリッサの印道術は凄かったろ?」
「あっ、はい。アークシール一族の事は話では聴いていましたが、いざ目の当たりにすると、想像を遥かに超える出来事に言葉を失いました・・・」

 漫才からの青年の不意打ちのような話の切り替えに、サッチャンは思わずハッとするのだが、あの時の有りのままに感じた心境を述べるのであった。
 すると青年はサッチャンの言葉に、悪戯っ子のようなお得意のニヤリ顔を作るのである。

「おいおい、サッチャン! ひょっとして初めて目にした印道術に恐れをなして、チビッちゃったんじゃないだろうなぁ?」

 まるで予想だにしない青年の唐突で稚拙な発言に、サッチャンは思い切り面喰ってしまうのである。

「チ、チビるって、はぁーーー!? な、何を突然バカな事を言ってるんですか隊長っ! 小さな子供じゃないんですから! それに今のは立派なセクハラ発言ですよ!」
「セク、ハラ? 何それ?」

 サッチャンのセクハラだと訴える声に、青年は本気で不思議そうな顔をしてみせる。

 様々な人種や文化が存在するナイトランドには、差別的な制度や風習などと言ったものは当然のように存在した。
 ましてや此処は世界最大にして圧倒的な騎士人口を誇り、女性が騎士を生業とする事がまったく珍しくもない騎士の国である。
 セクハラなどというものも日常的な事なのであろう。

「ハァ・・・ 私は別にいいんですけどね。この世界で、ナイトランドで一般化されているとも思えませんし。端的に言えば性的な嫌がらせなんですが、上司からのパワハラなんてのもありますよ」
「ふ~ん。よく分らないけど、サッチャンは面倒な世界で生きて来たんだな」

 もうこれ以上、青年に何を言っても暖簾に腕押しだろうと察したサッチャンは息を付き、気を取り直すのであった。
 どうやら近頃のサッチャンは、随分と青年の扱い方に慣れて来たようである。

「でも隊長、最近ではウェザー各騎士隊でも女性隊員に対してのセクハラ、いえ嫌がらせが問題になっているようなんですよ」
「へぇ~。まぁ、うちの〈 蒼天そうてん 〉と〈 霊雨れいう 〉では問題ないでしょ。どっちもおっかない女騎士様が上から睨みを利かせてるし、特に霊雨の騎士隊なんてほとんどが女騎士で男騎士のが少ないだろ?」
「そうですねぇ、逆に男性の方が嫌がらせを受けてそうですもんね・・・」

 サッチャンは妙に納得をしてみせるのであったが、隣を歩く青年の方はそうは行かないようだ。

「霊雨の騎士隊は、三頭に洒落のまったく効かない連中が揃ってるもんな!? ホントいったい何なのあいつら? 俺に代わって、サッチャン潰して来てよ!」

 何か思い出したように少し興奮気味な青年は、どさくさに紛れてとんでも無い事を口走っているのだが、サッチャンはそれを聞こえないふりで見事に流していた。

 どうやら青年と霊雨の騎士隊三頭との関係は余り良好では無い様であり、それが隊としてなのか青年個人としてなのかを、サッチャンは知っていたのかもしれない。
 ただ、そもそもウェザー騎士団では、基本的に騎士隊間での連携が無い為に、逆に関係が良好である方が珍しい話ではあるのであった。

「でも同じ女の私でも手厳しいと感じる事はありますけど、話せば皆さんとっても優しい方なんですよ。ただセクハラなんてしようものなら、問答無用で首を飛ばされるでしょうけどね!? ・・・って、あれっ?」

 青年が印道術の話題を持って来たかと思いきや、サッチャンは自分がまるで関係の無い話をしている事に気付く。
 もしやこれは乗せられているのでは? と察したサッチャンの表情が、仕返しだとばかりに悪戯っ子の顔に変貌して行く。
 そして視界に入る隊本部の収まる隊舎を見ながら、サッチャンの攻撃ならぬ口撃が始まった。

「・・・隊長、確か印道術の話をしてましたよねぇ? 話が随分と大きく反れているような気がするんですけど、私の気のせいでしょうか?」
「えっ! 反らしてるのバレた?」余りにも簡単に白状してしまう青年。

「もうすぐ隊本部ですけど、隊長、もしかしてー、ビビッてますー?」

 見事なまでに的を得たサッチャンの挑発するような物言いに、青年の肩がビクリと寒気を覚えるのである。

「今回は隊本部に戻ったら、間違いなく闘技場での件も含めて色々と、バネッサ副隊長にこっぴどく叱られるでしょうからねぇ」

 青年の専売特許とでも言うべきニヤニヤ顔になるサッチャンが
「たーいちょーー、もしかして、チビッてなんかいませんよねぇ~!?」と、下を向く青年の顔を覗き込んでみるのだが「・・・・・」青年はただ黙り込んでしまう。
 この時、青年はセクハラの意味を多少なりとも理解するのであった。

 どうも青年は日頃の行いも含め、バネッサの事を苦手としているようであり、ひょっとしたら過去にでも酷い目に遭わされた記憶があるのかもしれない・・・


「ところで、隊長、以前から気になっていたんですけど」
「っん!? なにが~?」

 サッチャンの視線に、青年は気だるそうに顔を上げる。

「隊長って、バネッサ副隊長の名前を時々違う名前で呼びますよねぇ?」
「違う名前?」

 一瞬、考えてしまう青年であったが、すぐに思い当たるのである。

「・・・あぁ、ヴァネルリッサだろ?」
「そうです。その呼び名です! 私がその名を口に出そうとしても何故か言葉が上手く出て来ないんですけど・・・!?」

 今度は青年に代わって、サッチャンの方が本気で不思議そうな顔をする。
 最早、この2人にとっては日常的な会話が漫才なのであり、実は物凄く気の合う上司と部下なのかもしれない。
 そんな上司である青年が、部下であるサッチャンに衝撃の事実を告白するのであった。

「そりゃそうさ。封印されていて普通は口に出して呼べない名前だから」
「・・・っえ!? それはどういう意味なんですか?」
「ヴァネルリッサって名前は、異界を統治する閻魔のバアさんに奪われた、バネッサの本当の名前なんだよ」
「・・・!? ・・・!?」サッチャンは青年が何を言っているのか解らず、一瞬言葉も見付からずに黙ってしまうのだが、次の瞬間には「ええぇーーーー!?」と驚愕の声を上げていた。

「なんだよサッチャン、そんなに驚く事かよ!」
「それは驚きますよ! 閻魔とか、本当の名前とか、もう驚かずにいられない事だらけじゃないですか!?」
「そう?」
「そうって、隊長・・・ 別に良いですけどね・・・」

 自分には到底計り知れない事情があるのだと感じたサッチャンは、それ以上の詮索は止そうと言葉を飲み込むのであった。







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