ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 此処は時が存在しない世界、全ての物体が物質が、更にはその原子までもが完全に運動を凍結した世界。
 この空間において何も制限される事の無い生物的存在は、術者であるバネッサ・アークシール唯1人だけ。
 そして物質的には、バネッサが展開させた蜘蛛の巣のように見える、とあるシステムだけであった。

 零の世界とは、2つ以上の世界間を隔てる時空の狭間に広がる領域の事であり、この世界はバネッサの命を糧に、魂を削る事で作られた空間である。
 そしてバネッサは、寿命という自らの時間を犠牲にする事で、この空間において活動が可能なのであった。

 先程まで降り頻っていたはずの雨は、雨粒が目視出来る形で静止している。
 蜘蛛の巣に出現したモニター部分の前に歩を進めるバネッサ。
 その体に雨粒が当たる度、プチッパチッと音を立てて雨粒は弾けて行った。

 実は術者であるバネッサであろうとも、零の世界において他の生命体、命を持つ物体には一切の干渉が出来ない。
 しかし命無き物体に干渉した場合には、その物体は一瞬の間だけ、時を取り戻す事が出来るのであった。

 周りで事の成り行きを見守っていた蒼天の騎士隊の隊員達も、時が停止する前の動作のまま誰もが凍り付いたように固まっている。
 もちろんそれは、生命体である王雀も例外ではなかった。

 時の奪われた世界では全ての鼓動は止まり、ただ蜘蛛の巣から発せられるコンピューターの無機質な動作音だけが辺りに響いている。
 そんな中において、何やら女性の声が淡々とアナウンスを始めるのであった。

[ 零印システムへの接続を完了 ]

 機械的で無機質であり、一切の感情も通っていない声が事務的に続いて行く。

[ 印道術者、バネッサ・アークシール・・・ の識別を完了 ]

 識別確認のアナウンスに続き、ここでバネッサが術を発動させてから初めて口を開くのであった。

「部隊コード004マルマルヨン、アーバン・ソルティスの一時召還を申請」

( ジィーーー、ジジィーーー、ジジジジジィーーーーー )

 システムはバネッサの声に反応すると、コンピューターが情報の処理を行っているような機械音を響かせるのであった。
 そして、機械的な音声と共に、モニターに文字が現れるのである。

( error ...)

[ 部隊コードはエラー。申請が却下されました ]

 申請を却下するという思いも寄らないアナウンスの声に、バネッサの表情が目に見えて強張って行く。

「っ却下!? 何故? 一体どうしたって言うの」

 このような事態は過去に一度も無かったのだろう、バネッサは酷く動揺するのであった。
 自らの寿命を犠牲にしていると言うこともあってか、零の世界を維持し続けるのにも当然と限度があるのだ。
 バネッサの心の中で、このままでは王雀に対抗する術が無くなってしまうという焦りが、次第に募って行くそんな最中、

(ウィーーーン! ウィーーーン!)という目の覚めるような聴き慣れない警報音に、バネッサはハッとして顔を上げるのであった。

[ 緊急アクセスを受信 ]

 警報音が鳴り止むと同時にアナウンスが入ると、バネッサの知る名前が続けて告げられるのである。

[ 部隊コード001マルマルイチ 総隊司令部 浅近せんきんの連隊 連隊長レム・シューガナイザー ]

「・・・レム!?」

 アナウンスされた名を驚きの声で呟くバネッサであったが、その名を口にした途端、バネッサの表情に安堵と懐かしさが浮ぶのであった。

[ 特別申請が可能です ]

 アナウンスの声に続き、バネッサが力強い口調で再び申請を行う。

「部隊コード001、レム・シューガナイザーの一時召還を申請」

(ジィーーー、ジジィーーー、ジジジジジィーーーーー、ジ)

 再びコンピューターの情報を処理する機械音が響く。
 すると今度は、即座に機械的な音声と共にモニターに文字が表示されるのであった。

( complete ...)

[ 特別申請が受理されました ]

 無機質な声色のアナウンスが、申請の受理を伝えて来た。
 すると突如として発生した光の粒子が浮遊しながら集まると、その粒子が人型に象られて行くのである。
 そうやってバネッサの背後に姿を現したのは、軍服のように見える漆黒の衣をまとった1人の男であった。

 過去に激しく損傷したのであろう男の顔の右半面は、鈍い光を放つ黒色の金属で覆われ機巧化されている。
 随分と時が経っているのだろうが、本来の皮膚の部分と機巧化され機械となっている境界には、今もまだ痛々しさが感じられるのであった。
 冷徹な鉄仮面を思わせる顔の右半面、淡い緑色の光を放つ機巧化された精密な眼球が、バネッサの金色の髪を映し出している。
 しかし、男の本来の顔である左半面は、まるで対象的な笑みを作り出していた。

「いよっすっ! バネッサ!」

 バネッサよりも頭2つ分は背の高い軍服を着た男が、機巧化された腕を右肘から重々しく上げ、やけに馴れ馴れしい率直なあいさつをしたのである。
 軍服を着た男の声に、バネッサは勢い良く振り返ると、その表情には驚きと、懐かしみの感情が込み上げているであった。

 男は今までに数々の武勲を上げてきたのであろう、胸には煌びやかな装飾品のように金色や銀色の勲章が所狭しと輝いている。
 連隊長という肩書きから想像してみても、かなり位の高い階級に就く者なのだろう。
 腰には、細かく装飾が施された鞘に一振りの剣を携えていた。
 着衣とは正反対な色であるこの真っ白な鞘に収まる剣は、印道術師が扱う刻印の剣であった。

 この軍服を着た男に対して、バネッサは矢継ぎ早に質問を浴びせるのである。

「レム、どうしてあなたが!? アーバンは一体どうしたって言うの?」

 疑問だらけのバネッサに対し、レムと呼ばれた軍服を着た男は、機巧化された機械の右手で頭を掻きながら、歯切れ悪く答えるのであった。

「あー、いや、それがねぇ。こっちは今、未曾有の事態になっちゃってて・・・」
「っえ!? それは大変じゃない!?」

 まるで理解出来ない様子で心配をするバネッサであったが、レムはその話を避けたいのだろう、軽い口調で話を現状に戻すのである。

「まぁ、その話は置いとくとして、さっ、時が動き始めちゃうよ!」

 レムが言うように、血で作られた蜘蛛の巣の形状は滴る様にして崩れ出し除々に消えて行く。
 そして完全に消失するのと同時に、世界には時という名の命が吹き込まれ、再び時を刻み始めるのであった。

 闘技場を包み込んでいた濃霧も薄れ、今は時が静止する前と同様な状況であり豪雨と雷鳴が轟いている。
 同じくして蒼天の騎士隊員達の鼓動も脈を打ち始め、時間が停止していた事など知る由も無く、何も無かったかのように闘技場内での行く末に注目していのだった。
 そう、何も無かったと言うのは、バネッサの傍らに突然のように現れた男の姿を除いては、である。
 騎士隊員達にとっては突如と現れた男の姿に、隊員達の間からどよめきが起きるのであった。

 バネッサの傍らに立つ軍服のように見える漆黒の衣を纏った男の名は、レム・シューガナイザー。
 バネッサによる印道術究極の印式である〈 無 上 零 印むじょうのれいいん 〉によって一時召還された異界の住人である。

 サッチャンの目にも異界の住人であるレムの姿が、忽然と現れたように見えたのは他の騎士隊員達と同じであった。
 しかしそんな隊員達の中において、両隣に居るランブレとリンネはそれほど驚いた様子がない事に、2人は男の正体を知っていると感じたサッチャンがランブレに問いかけるのである。

「あのぉ、バネッサ副隊長の傍らに突然現れた人って、一体誰なんですか?」
「っん!? 彼か? 俺も詳しくは知らないんだが、何でもバネッサの話によると、この世界とは別の世界、印道術発祥の地からの使者だそうだ」
「印道術発祥の地? って、この世界じゃ無かったんですか!?」

 サッチャンの驚きの声に「えぇそう。印道術はこの世界で生まれた他の道術とは根本的に別なもの」とリンネが応えてやる。
 新たに知り得た印道術の情報にサッチャンは小さく頷くと、再び事の成り行きを注視するのであった。







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