ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 水分を含みぬかるむ大地を力強く蹴る剣一は、突き刺すように瞳に飛び込んで来る雨など物ともせず、バネッサに向かって真正面から斬り掛かる。
 そんな剣一の上段から勢い良く振り下ろされる刃の軌道を見切ったバネッサは、その身を後方へ引きながら自らの剣で軽々と右下方向へと刃をいなした。

 剣をいなされた剣一は素早い動きで手首を返すと、そのままバネッサの動きを追うようにして左下から剣を斬り上げる。
 剣一の完璧なタイミングで斬り付けた刃は、バネッサの胴体を切り裂き、その刃は右上方へと振り抜かれているはずだった。

 しかし現実には、刃はバネッサの胴体に触れもせず、剣は斬り上げている途中で突然と時が止まったようにピタリと静止する。

「・・・・・!?」

 金縛りに掛かったように微動だにせず、無言でバネッサを見据える剣一。
 その眉間には、バネッサが向ける剣の切っ先が突き付けられている。
 肌に微かに触れる剣の切っ先、剣一の眉間から赤い血が雨と合わさって細い糸のように、鼻筋を伝って地面へと落ちて行く。

「これは命を掛けた真剣勝負。私を殺す気で来なければ、あなたが死ぬ事になる」

 バネッサの気迫のこもった言葉が、剣一の脳裏に父との〈 先代越え 〉の記憶を昨日の事のように蘇らせた。
 剣一の表情が見る見る内に険しさを増して行く。
 その一方でずっと望んでいた本物の強者との戦いに、剣一は胸が踊るのを感じずにはいられなかった。

 分厚い雨雲が蓋をするように全天を覆っている。
 すっかりと薄暗くなった闘技場に、雷の閃光が剣一とバネッサの姿を妖しく照らし出した。
 友軍として轟音と共に現れた雷の鼓舞により、雨はより一層強く大きくなり激しさを増して行く。

 バネッサが剣の切っ先を剣一の眉間からゆっくりと引いて行く。
 剣一はそれに合わせる様にバネッサの目を見据えたまま、後方に大きく跳ぶと改めて剣を正眼に構え直すのであった。
 剣一が両手で握る剣の切っ先が、射抜くようにバネッサの瞳に向けられる。

 剣術における中段の構えは、攻撃と防御の基点とされ〈 水の構え 〉と言われるが、天地清浄流においては〈 空の構え 〉と呼ばれている。
 構えの原点とも言える剣一の洗練された〈 空の構え 〉は、今まさに明鏡止水の境地に達していた。

 剣一の全身から放たれる強烈なまでの緊迫感が、降りしきる雨を弾き返すような勢いで闘技場全体を包み込む。
 この圧倒的な雰囲気に、周囲で観戦する蒼天の騎士隊の隊員の誰もが息を飲み、それはバネッサも同じであった。

「美しい見事な構えだわ」

 剣を片手に構え剣一と対峙するバネッサが感嘆の声を上げた。
 剣一の目を見据えるバネッサは、その蒼い瞳に何かを見付けるように言葉を続ける。

「鮮麗な瞳にあなたの心境が映し出されている。まるで瞳の中に澄み切った蒼天が広がっているよう」

 バネッサは不意に目を細めると、過去の記憶を懐かしむかのように呟いた。

「あなたの瞳を見ていると、何故だかあのお方を思い出す」
「・・・・・」

 バネッサの呟きに剣一はただ無言であった。
 自らの瞳に誰が何を想おうと、剣一は相対する騎士を倒す事だけに集中力を研ぎ澄ましていた。

 轟く雷鳴と唸る様に大地に激しく打ち付ける雨の音が、楕円形の広大な闘技場を支配する。
 そんな荒々しい雷雨が支配する空間で、刹那の稲光が死闘の幕開けを告げるのであった。

 示し合わせたかのように、まったくの同時で詰め寄る剣一とバネッサ。
 互いに凄まじい速度で剣を振るい、その剣と剣がぶつかり合う度に火花が飛び散った。

 舞う様にして闘う2人の激しい攻防を、目を皿にして見入る蒼天の騎士隊の隊員達が口々に呟く。

「こんな奴が、まだ居たのかよ」「俺の腕じゃ敵わねぇな」「・・・・・・」「世界は広いねー」「嘘でしょ・・・」「副隊長とここまでやり合える者は久しいな」

 鬼気迫る2人の壮絶な闘いは、隊員達の天下のウェザーの騎士であり強者であるという、確固たる自信を打ち砕くには十分過ぎるものだった。

 剣一とバネッサの激しい斬撃の応酬が、闘技場内に響き渡る一際大きな落雷を合図に、唐突の幕引きを迎えようとしていた。
 右腕で繰り出された剣一の渾身の一太刀が、バネッサの左首筋を捉えるべく放たれた。
 しかし刃に晒されたのはバネッサの首では無く金色の髪だった。
 何本もの軽いウェーブの掛かった髪の毛が、雨粒と共にはらはらと重力に魅入られ地面へと落ちて行く。

 だが、重力に魅入られたのは、バネッサの金色の髪だけでは無かった。

 雷雨の騒々しさが、鋼の刃による骨肉を切り裂く鈍い音を掻き消した。
 剣一の右腕が上腕部分で胴体から切り離され、重力に逆らうように宙を舞う。
 そして握られていた剣は右手との別れを惜しむかのように、虚しく弧を描きながら濡れた大地に鋭く突き刺さった。
 剣一の右腕が重力に魅入られてしまったのだ。

 バネッサの左首筋に放たれた剣一の渾身の一太刀は、刃が首の皮に到達する寸前でかわされてしまった。
 そうしてバネッサは絶妙なタイミングで剣一の懐に潜り込むと、剣を跳ね上げるようにして剣一の右腕を切って落としたのであった。

「ウ、ウガァーーアァーーーー」

 深手を負った獣のような声を上げる剣一は、初めて経験する激烈な痛みに、濡れた大地の上でただのたうち回る事しか出来ないでいた。

「どうやら、腕を切り落とされるのは初めてのようね」
「ゥウゥゥゥ・・・」

 力強く透き通るようなバネッサの声にも、剣一は力無く息絶えそうな呻き声でしか応えられない。
 死闘を制したバネッサが、剣一を見下ろす形で静かに口を開いた。

「理解する事は出来たかしら?」
「・・・・・」

 次第に意識が遠のいて行く剣一は、もはや呻き声を上げる事すら出来なくなっていた。
 そんな事は承知でバネッサは言葉を続ける。

「ここは想像や幻想という甘美な夢の世界ではない。ここは争いが絶え間なく続く血なまぐさい残酷な現実の世界」

 バネッサの何かしら悲しみを帯びた声色が、剣一を優しく包み込んで行く。

「あなたはこの世界で生き、そして死んで逝くの」

 沈痛な面持ちで言葉を紡ぐバネッサが、最後に一言こう付け加えるのであった。

「榊 剣一、あなたの蒼天の騎士隊への入隊を許可します」

 バネッサの言葉は最後まで剣一の耳に届いていたのだろうか。
 雨と混じり真っ赤な水溜りとなった大地に横たわり、意識を完全に喪失してしまう剣一。
 その肉体は降り止む事を拒否するかのような豪雨に、ただただ晒され打たれ続けていた。


 雷を伴って激しく降り頻る雨は、一向に降り止む気配を見せなかった。

「ランブレ、リンネ、新しい私達の仲間を救護隊へお願い」

 バネッサは隊員達へ振り返ると、剣一を超帝国救護隊へと搬送するように2人の騎士に指示を出した。

「あいよっ!」「はい」

 速やかにバネッサの指示に従い動き出すランブレとリンネ。
 ランブレは心優しい兄貴といった感じの騎士で、歳はまだ24歳なのだが随分と大人びた感じがあり、ベテラン騎士のような雰囲気を醸し出していた。
 リンネは肩に掛からない短い髪がよく似合うボーイッシュな女性騎士であり、バネッサよりも年上で20歳である。

 そんなランブレとリンネが豪雨の中、剣一を救護隊へ搬送するべく歩み寄ろうとしたその時。

『・・・・・・!?』
「バネッサーーー!!」

 余りの事態に声を出す事もままならない蒼天の騎士隊の隊員達の中で、ランブレだけが雷雨も吹き飛ばすような只ならぬ声で大きく叫んだ。
 ランブレの怒鳴るような叫び声と同時に、バネッサの握っていた剣が激しい金属音と共に真っ二つに砕け散った。

 バネッサは間一髪の所で、何者かの剣による水平な斬撃を、自らが握っていた剣で防いだのだ。
 バネッサでなければ間違いなく、剣の代わりに胴体を真っ二つにされていた事だろう。

 けたたましい雷鳴と豪雨の中、バネッサに対して非情なる凶刃を振るった者の影が、電光で不気味に浮かび上がる。
 信じられないその姿を目の当たりにし、この場に居合わせる誰もが目を疑わざるを得なかった。
 妖しく佇む人影の正体とは、右腕を無くし左手に天地清浄流の剣を握り締めた剣一の姿だったのである。







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