ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 どす黒い雲を駆り大軍勢を引き連れて来た雨による進攻を、ここが地上への最終防衛線だと言わんばかりに天が支えている。
 そんな今にも雨が降り出しそうな曇天の下、砂地で楕円の形をした闘技場の中央に、男と女の2人が対峙している。

 女は白を基調とし青い装飾が施された蒼天の騎士隊の隊服を着用しており、胸部には簡易的な鎧を身に着けていた。
 男の方も同じような格好であったが、こちらは茶を基調とした超帝国騎士団の訓練隊の隊服を着用している。

 その2人から少し離れた位置には、入隊許可儀式が始まるのを今か今かと待ち侘びる蒼天の騎士隊の隊員達。
 蒼天の騎士隊特有の青み掛かった隊服や鎧を身に纏った数十名の隊員が、雁首を揃え事の成り行きに注目していた。

 闘技場の中央で対峙しているのは、剣一と蒼天の騎士隊の副隊長だった。
 目には見えない緊迫感という名の矢が、2人の間を無数に飛び交っている。
 そんな中において副隊長の放つ1本の矢が言葉を運んで来た。

「あなたの名を聴かせて貰えるかしら?」
「榊 剣一」
「剣一なんて随分と立派な名前ね」
「・・・・・・」

 人から名前なんて誉められた事もなく複雑な表情をする剣一に、副隊長が言葉を続ける。

「この世界に来て、何か変化はあったかしら? 特に肉体的な変化は?」
「いえ、特に何も変わっていないと思います」
「そう、それは運が良かったと捉えるべきかもしれないわね」
「・・・・・!?」

 意味深な副隊長の言葉に釈然としない剣一であったが、その答えはすぐに分かった。

「今までにも異世界からこの世界に来た者は多数確認されているわ。しかし、そのほとんどの者に肉体的な変化が見られたのよ」
「それは、どういった変化なんですか?」
「もと居た世界の肉体に比べ若返った。もしくは年老いたというものよ」

 副隊長の言葉に、剣一は自分が居た世界が光に包まれて行くあの時の状況を思い返した。
 やっぱり時空間移動でもしてこの世界に流れ着いたのか?と考えを頭の中で巡らせていたが、副隊長の「話を、戻すわ」という、真っ直ぐに突き刺さるように自分へと向けられた視線と言葉に、思考を今の自身が置かれている状況に戻すのであった。

「多少は剣術の心得があるようだけど、規則があって隊長の許可だけでなく私の許可もなければ、あなたの入隊は認められないわ」

 副隊長の言葉に、剣一は不服そうな表情を見せた。
 そんな剣一に向かって、周りで事の成り行きに注目する隊員の中から野次が飛び込んで来る。

「誰だろうと入隊許可儀式は、きっちりと受けて貰うぜ!」
「副隊長の剣技にビビッてお漏らしするんじゃねぇぞ!」
「止めるなら今の内だぞ!」

 野次を浴びせながら一様に騒がしく笑い出す隊員達。
 しかし剣一はそんな野次など微塵も気にする事なく、強気な姿勢を言葉に出すのである。

「どんな規則かは知りませんが、副隊長であるあなたに僕の力を認めさせればいいんですよね?」
「フフフ、私に認めさせるという事が、どういう意味か本当に分かっているの? ここはおとぎ話の世界じゃないのよ」

 剣一を見据える副隊長のからかうような瞳が妖しく鋭く光った。
 そんな副隊長の眼光にも臆する事なく剣一は答える。

「あなたを倒す・・・ という事でしょう?」

 剣一の真っ直ぐな言葉に、この場に居合わせた隊員の誰もが押し黙ってしまう。
 しかしそれはすぐに失笑へと変わり、何を馬鹿な事をと肩を震わせ爆笑をする隊員までもいた。

「そうね、根拠の無い自信は嫌いじゃないわ」

 剣一の静かなる闘志に、副隊長が目を細め優しく微笑んだ。
 そんなこの場には相応しくない副隊長の微笑が、剣一の闘志に油を注ぐ。

「根拠ならありますよ。僕の天地清浄流てんちせいじょうりゅうは伊達じゃない!」

 思いもよらない剣一の言葉に、副隊長は驚きの顔を隠せなかった。

「天地? ・・・清浄流。あなた、清浄流の使い手なの!?」

 副隊長の予想外の反応に対して、この世界にも清浄流が存在するのかと剣一の方も驚いてしまう。

「天地清浄流を知っているんですか?」
「えぇ。このアークシール超帝国よりもずっと古い歴史を持つ総合武術だわ。ただ、あなたの清浄流は私の知っているものとは少し違うかもしれないわね」
「・・・少し違う!?」

 副隊長の言葉に、剣一はいぶかしげな表情をした。
 天地清浄の本流ではなく、この世界には亜流が存在するのか、それとも単に名前が同じだけなのか、と剣一の頭の中に疑問が急速に芽生えた。
 そんな剣一の疑問の声は届く事もなく、副隊長は周りいる隊員の1人に声を掛ける。

「コール、剣一にあのつるぎを返してあげなさい」

 副隊長に名指しで呼ばれた蒼天の騎士隊の隊服を着た剣一と同じぐらいの歳の少年が、1本の剣を重そうに両手に抱え剣一の元へと運んで来た。

「その剣は!?」

 足元に置かれた剣に剣一は驚いた。
 コールが運んで来たその剣とは、天地清浄流の宗家である剣一の家に、始祖の頃から代々受け継がれているあの剣だったのだ。

「なぜ、この剣がここに」
「うちの隊長が気絶して倒れているあなたを〈 薄明海岸はくめいかいがん 〉と呼ばれる場所で発見した時、あなたの手に固く握られていたそうよ」
「・・・・・・」

 剣一はただ黙って剣を見詰めていた。

「バネッサ姉さん、こいつにこんな重い剣が扱えるんですか?」
「さぁ、どうかしら」

 コールは剣の尋常では無い余りの重さに剣一と剣を交互に見やると、まったく持って不可思議だと言わんばかりの顔をしながら隊員達の元へと下がった。

「もしその剣が扱えないのであれば、この剣を使いなさい」

 副隊長は近くに立て掛けられていた抜き身の訓練用の剣を2本手に取ると、1本を剣一に向けて投げて寄越した。
 副隊長の投げた剣が放物線を描きながら、剣一の足元の地面に歯切れの良い音を立て綺麗に突き刺さった。

「どちらの剣でも構わないわ、剣をその手に取りなさい」

 副隊長に促されるままに、剣一は恐る恐る天地清浄流の剣に手を伸ばす。

「くっ・・・!?」

 片手で剣の柄を握り少し持ち上げた剣一だったが、扱うにはやはり余りにも重過ぎて無理だと判断しその手を離すのであった。

 あの時、学校の武道館での戦いで剣を難無く扱えたのは一体何だったのかと、そんな思いが剣一の頭を過ぎった。

「・・・・・」
 副隊長は黙ってその様子を見守っていた。

 天地清浄流の剣を諦めた剣一は、副隊長が投げて寄越した地面に突き刺さる剣の柄に手を伸ばすと勢いよく引き抜いた。

「その剣でいいのね?」

 副隊長の問いに剣一はゆっくりと首を縦に振り頷いた。

 遂に雨の進攻を天が支え切れなくなり、地上への最終防衛線を突破されてしまう。
 先陣を切るようにして降り出した雨粒が闘技場の砂地に染みを作り、それに続く雨粒が占領地を広げて行くように濃く染め上げて行った。
 薄暗くなった闘技場の空間、白く輝く線状の残像を残しながら降る雨粒越しに、副隊長と剣一の視線が激しくぶつかり合う。

「私の名は、バネッサ・アークシール。蒼天の騎士隊・副隊長。私を倒せたのなら、榊 剣一、あなたの入隊を許可しましょう」

 副隊長は自らをバネッサ・アークシールと名乗った。
 絶世の美女という言葉は彼女の為に存在するのだろう。
 降り出した雨でしっとりと濡れ、軽いウェーブの掛かった肩よりも長い金色の髪が、バネッサの剣を構える動きに合わせて艶やかに揺らめく。

「さぁ、来なさい! あなたの誇りを懸けて!」

 バネッサの言葉を合図に、剣一の柄を握る手に力が入る。
 剣一はバネッサの剣を構える動作を見ただけで、彼女が剣術の達人であると直感した。

「いざ、尋常に!」

 そう剣一は声を上げながら次第に強くなって行く雨の中を、猛然とバネッサに向かい斬り掛かって行くのであった。







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