ド リ ー マ ー ズ ・ ラ イ ト  ×  ナ イ ト ラ ン ド

外  伝
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 プシュプシューという圧縮された空気が放出される音と共に、再び厳つい兜と面頬めんぽおによって頭部を覆うエンブラは、巨大な白刃の刀剣を構え既に臨戦態勢に入っている。
 将軍とエンブラの目前で蠢く魔鬼の群れの中には、魔鬼実マオミと呼ばれる魔獣と魔鬼の中間的な存在であるキキの姿も見て取れた。
 マオステージこそ魔鬼の下である魔鬼実だが、魔獣の身体的特徴を色濃く継いでいる為、魔鬼と同様に決して侮ることは出来ない。
 しかし、そんなキキの恐怖の大群を前にしても、エンブラの隣に控える将軍はと言えば、怯えるどころか、いつもの卑しい笑みを浮かべているのであった。
 それだけエンブラの純白の魔鬼としての尋常ならざる力に、将軍は全幅の信頼を置いているのであろう。

 エンブラが魔鬼の群れを牽制でもするかのようにして力強く刀剣を振るうと、永世桜の花びら舞う中、大地には弧を描いた一本の線が深く刻まれるのであった。

「その線が生死の境界となります。線を越える事は、あなた方の消滅を意味します」

 エンブラの忠告が魔鬼へと届く訳もなく、一体の魔鬼がエンブラの示した境界線を越えた瞬間、エンブラの巨大な白刃の刀剣が、魔鬼の体を左上方から右下方へと流れるように両断する。
 絶命する魔鬼の肉体はゆっくりと蒸発し、鬼豊石を残して消えて行くのであった。
 白刃の刀剣によるエンブラの鮮烈な一閃は、魔鬼の群れに対して充分な威嚇となった事は、感情など持たないはずのキキの動揺する仕草で見て取れた。
 更には、エンブラの魔鬼王マオーの如き純白の甲冑姿も相まってか、どうも魔鬼の群れは襲い掛かるのを完全に躊躇している様子である。
 理性など持ち合わせていない魔鬼も、本能では何かを感じ取っているのかもしれない。
 そうで無ければ、一斉に襲い掛かって来れない理由でもあるのだろうか?はたまた何かの合図でも待っているのだろうか?

 全人類から恐れられる凶悪な魔鬼ではあるが、この場に出現したキキのマオスケールなら、エンブラの実力を持ってすれば難なく乗り切れられると、将軍は簡単に考えていた。

「あたしがザッと見た感じでは、この群れの中に筋金入りは居ないようだな」
「はい。大将軍閣下のお見立て通り、わたくしも筋金入りの存在を確認出来ません」

 将軍とエンブラの言う筋金入りとは、体の表面に黄金や白銀の筋が、模様のように刻印されている魔鬼の事である。
 この筋金入りの魔鬼というのは、マオスケールの級位において上位三級位以上であり、強大な力を持つ魔鬼なのだ。
 そのような筋金入りの魔鬼が見受けられない事に安堵する将軍であったが、何か不自然さを感じたのだろうか、たちまち訝しげな表情に見せるのである。

「それにしてもだ・・・こんにょヤロー。何なんだ、この魔鬼の大群は⁉ ここは結界の張られている妖精霊王国なんだぞ。魔鬼実はさて置き、数体の魔鬼が迷い込む事があったとしても、あたしは妖精霊王国でこれだけの数を見るのは初めての事だ」
「大将軍閣下、わたくしも初めて見る光景でございます」
「妖精霊王国は一体どういう状況になっているんだ?」

 疑問だらけだと言った感じの表情をする将軍の横で、エンブラは将軍と合流する前に聞いたある事件について語り出すのであった。

「そう言えば・・・」
「どうしたんだ? エンブラちゃん」
「はい、大将軍閣下。不確かな情報なのですが、こちらに向かう途中で信じられない話を耳に致しました」
「どんな話だ? この異常な魔鬼の群れと関係がある話なのか?」
「はい。数日前、妖精霊王国内にて護送中だった囀啼ノ剣てんていのつるぎ〝落日〟が、魔鬼の強襲を受け強奪されたというものです」
「その囀啼ノ剣って、機巧族マキナの帝王が所持していたものだな。確か今は妖精霊王国で厳重に管理しているという話を聞いた事があるぞ」
「はい、そのようです」
「囀啼ノ剣〝落日”の能力の一つに、魔鬼を無制限で呼び寄せるという能力があるけど、そこは大丈夫だろ? 殲滅王は何処かに封印されているという話だし、刀剣と共鳴する事ができる唯一人にしか、囀啼ノ剣の力は解放できないからな」
「それは、そうなのですが・・・」

 何の問題も無いと言わんばかりの将軍の発言に、魔鬼の群れを前に臨戦態勢を維持するエンブラの声色は明らかに戸惑っていた。
 その事に気付いた将軍がエンブラに尋ねてやるのである。

「なんだ? どうしたんだエンブラちゃん。何か問題でもあるって言うのか?」
「はい。それが、どうやら護送の任に当たっていたと言うのが、フリューゲル騎士団という事らしいのですが・・・」
「フリューゲル騎士団と言うと、双翼の騎士団の事だな」
「はい」
「っん⁉ それは、どういう事だ? その辺の魔鬼にやられるような、柔な騎士団ではないはずだぞ!ナイトメディアの討伐ランキングでも、常に上位の強豪騎士団なんだし、妖精霊王国でも序列三位の王国騎士団だと、あたしは聞いているぞ」
「大将軍閣下の仰る通りなのですが、魔鬼の強襲の際に追い詰められた双翼の騎士団長が、今も尚、行方不明となっているそうです」
「っへ⁉」

 思いも寄らないエンブラの言葉に、将軍は力なく拍子抜けしたような声を上げると「なぁにぃーーー!」と直ぐ様、我に返り驚愕の大声を上げるのであった。
 続けて将軍はエンブラに食って掛かるような調子で、自身の言葉に同意を求めるのである。

「どういう事だ!エンブラちゃんもあんにょヤローの事は良く知ってるだろ⁉ 騎士団長の持つ〝龍血ノ遺産りゅうけつのいさん〟や〝レガロ〟の事だってな!」
「はい、存じ上げております。このナイトランドにおいて、どちらも恐るべき力である事は間違いありません。ましてやあのお方が級位の魔鬼に後れを取るなど、わたくしにも考えられません」
「んー、これは思っている以上に非常な事態だぞ。双翼の騎士団長のレガロは〝落日〟に選定され得る力で共鳴する事が出来てしまう力だ。どんな囀啼ノ剣の能力だって、難なく解放させる事が出来て・・・しまうんだ・・・ぞ」

 余りの事の顛末に、酸欠で水面に口を出す魚のように、将軍は口をパクパクとさせながら、自身の言葉を深く飲み込むのであった。

 このような二人の会話の合間にも、悠久の丘にて対峙する純白の魔鬼と漆黒の魔鬼の軍勢の間には、目に見えそうな程の白と黒の緊迫感が張り詰めている。
 しかし、やはり何か様子がおかしい。
 ひとたび異空間より出現すれば、猪突猛進とばかりに容赦なく襲い来るのが魔鬼の習性なのだが、エンブラに切って捨てられた一体の魔鬼以降からは、キキに目立った動きは見られない。
 純白の魔鬼であるエンブラに対して警戒をしている、という訳でも無い様子なのだ。
 理性など持たず、無秩序な一丸であるはずのキキの群れが、不気味にその場で蠢くだけであり、それはまるで何かの合図でも待っているかのようであった。

「まさかとは思うけど、この魔鬼の大群を呼び込んだのは、双翼の騎士団長なんじゃないだろうなぁ・・・」
「そうですね。あのお方なら、興味本位で実行してしまう事が否定できませんから・・・」

 ため息混じりの将軍の言葉に、エンブラもまた同調した。
 そして、臨戦態勢のまま魔鬼を観察していたエンブラが、確信を持って静かに将軍へと告げるのである。

「大将軍閣下、やはりこの魔鬼の群れは、統制されているようです」
「そうだな。どこかにオーガナイザーがいるはずだ」
「はい」

 将軍の言うオーガナイザーとは、魔鬼の群れに見られる事があるリーダー格であり、魔鬼の群れキキを統率し指揮をする役割を担っている個体の事である。
 理性を持たず本能のままに行動する一般的な魔鬼とは違い、オーガナイザーには高い知能が有る事が確認されており、人種族のように戦略的に行動する事が出来る個体も存在する。
 ナイトメディアと呼ばれる騎士組合ギルドの魔鬼格付けでは、オーガナイザーのマオスケールは、基本的にその群れの中では最上位となる事が多い。
 容姿においても、オーガナイザーには様々な形状をした個体が存在し、ナイトランドでは特に人型をした形状の個体が最も多く目撃報告されているのであった。
 そんなオーガナイザーの存在を、エンブラと将軍の目が慣れたように捉えるのである。

「大将軍閣下、群れの最奥にオーガナイザーの存在を確認致しました」
「こんにょヤロー、やっぱりこの群れは統率されたものだったのか」

 各々が咆哮を発しながら蠢く魔鬼の群れの中に紛れていたのは、胸に巨大な一つ目を持ち、刺々しい漆黒の外皮を纏った人型のオーガナイザーであった。

「あのオーガナイザーは、どうやら刀剣持ちのようではございません。併せて筋金入りでは無い事からもマオスケールは三級に満たない個体だと思われます」
「その程度の等級ならば、やっぱり双翼の騎士団がやられるわけが無いと思うぞ。どうやらこの群れは〝落日〟を強奪した群れとは別の群れのようだな」

 自らの憶測に確信するように頷く将軍は、オテント隊の次なるミッションをエンブラへと告げるのである。

「よく聞けエンブラちゃん。これよりオテント隊は白道びゃくどうの運搬が終わり次第、強奪された囀啼ノ剣〝落日〟の奪取へと向かう事とする」
「はい、畏まりました。大将軍閣下」
「ブッぷぷぷ。既に妖精霊王国の管理下からこぼれ落ちた刀剣だ。奪われた物を、あたし達が奪う分には、何の問題もないはずだぞ」
「はい、何の問題もございません。この世の全ては、大将軍閣下の思うがままに」

 妖精霊王国に対して、あからさまに仇なすような将軍の発言ではあるが、エンブラはそれを臆する事無く全肯定してしまうのであった。
 囀啼ノ剣〝落日〟が強奪されたという国家規模の大事件であるにも関わらず、将軍はまるで意にも介さないどころか、それを更に自分たちが強奪してやろうと言っているのだ。
 将軍の思考は野放図を地で行くものであり、ナイトランドやそれに属する各国家の法律に従うような玉ではないのが将軍である。
 無理が通れば道理は引っ込んでしまうものであり、良く言えば自由、平たく言えば力こそが全て、それがナイトランドという世界であり、そこに生きる者達の生き様なのであった。
 もちろん、そのような生き方に伴う代償が、この世界では命である事は言うまでもない。

 このような将軍の性格を熟知しているエンブラは、今更、将軍の発言に驚くような事はあるはずもなく、むしろ喜んで従う事は明白であった。
 将軍の卑しい笑い声と、突拍子もない発言を隣で耳にするエンブラの表情は、怒れる鬼神の如き面頬の下で、柔和に微笑んでいるに違いない。
 そんな目には見えない信頼関係で結ばれている将軍とエンブラであったが、蠢きながら様子を伺っているキキの群れよりも先に動き出すのであった。

「行くぞ! エンブラちゃん。この場は任せても大丈夫だな?」
「はい、お任せ下さいませ。」
「もしも対処仕切れなかった場合には、分かってるな?」
「はい。その場合には遠慮なく、ラクリマ姉様に禁じられている力を使用致します」
「ブッぷぷぷ。安心しろエンブラちゃん。その時は、あたしも一緒にラクリマちゃんに怒られてやるからな!」
「っはい! 有り難うございます。大将軍閣下」

 ニヤける将軍に対して、エンブラは軽やかに返事をするのであった。
 エンブラの反応にコクリと頷いた将軍は、短い足を必死にバタ付かせ声を上げながら、そびえ立つ永世桜に向かって走り出す。

「あたしに掴まれ、ギギちゃん!」「ギギッ!」
「振り落とされるんじゃないぞ!」「ギッギィー!」

 慌ただしく走る将軍のマントに、将軍とエンブラの側でじっと待機していたギギが、勢い良く飛び跳ねてしがみ付くのであった。
 そして、この行動が戦いの引き金であるかのようにして、オーガナイザーである人型をした魔鬼が咆哮を上げると、魔鬼の群れが三人のオテント隊を標的にして一斉に襲い掛かるのであった。






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