ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 剣刀師が扱う囀啼ノ剣には、それぞれの刀剣自体に特有の力が宿っていると言う。
 刻印ノ剣には見られないこの超自然的現象こそが、囀啼ノ剣と刻印ノ剣においての決定的な違いである。
 研究機関や専門家達によっても、囀啼ノ剣に宿る力については未だに解明されていない。
 果たしてこの力は、欲望に塗れる罪深き人間の業を試す為、神々の戯れによって生じた産物なのだろうか。
 それとも、超常の脅威に戦慄する人間を救う為、神々の慈悲によってもたらされた賜物なのだろうか。
 囀啼ノ剣に宿る力の真実が何であれ、そこには人智などが遠く及ぶはずもないのである。

 この場でジーニアとクエルノがサッチャンに説く囀啼ノ剣の話とは、至って一般的に知られている他愛もないちょっとした世間話のようなものだった。

「刀剣の材料にしても囀啼ノ剣は、玉鋼金剛ではない他の特殊玉鋼や稀少で強度の高い玉鋼ではない材料からも作られてるんだ。それに材料以外にもその刀剣が持つ個々の能力や刀剣を打った鍛冶師によっても、刀剣位階という形で等級分けされたりもするんだよ」

 ジーニアの話を一言も聞き逃すまいと、サッチャンは真剣な面持ちで聞き入り頷いている。
 クエルノも一緒になって頷いてはいるが、その表情はいつも以上にニヤついていた。
 それもそのはずクエルノは、刀剣の売り買いを生業にしている専門業者だからである。

「刀剣の話に関しては、実際に商売をしているクエルノの方が専門分野だな」

 ジーニアに専門家だと言われたクエルノが大きく笑い出した。

「ブッぷぷぷっ、今じゃ刀剣位階なんて昔ほど役には立たないんだぞ。囀啼ノ剣の価値は刀剣師の力量によって大きく左右されるからな。なんてったって刀剣は相性が一番大事だ」

 そう言い切ったクエルノが、今度は珍しく改まった口調で話し出すのである。

「サッチャンちゃんが気にしている刻印ノ剣なんだけど、あたしら商人の立場からすると余り商売にならない代物なんだぞ」
「っえ!? そうなんですか!?」

 聞き返すサッチャンにクエルノは「そうなんだぞ」と、こくりこくりと2度頷いた。

「需要と供給のバランスってやつだ。刻印ノ剣は極端に需要が少ないからな。妖精霊王国で製造されてる武具にしたって大半が囀啼ノ剣で、どの店でも妖精霊王国産の物は高級品として客の目を引くように並んでるんだ。たとえ高値でも取引量が圧倒的に多いのは囀啼ノ剣の方なんだぞ」

 商売人であるクエルノの話に、サッチャンは一つ一つ丁寧に、知識として飲み込むように頷いていた。

 市場で刻印ノ剣の需要と供給を少なくしている理由には、先程のジーニアの話にも有ったように、道術師でなければ刻印ノ剣に精気を奪われる事もある危険性の為に、おいそれ手に出来ないというのもあるが、囀啼ノ剣に比べて刻印ノ剣は代々一族で継承されたり、主君などから下賜されたりとする事が往々にしてあった。
 そして、魔鬼から産出される〈 白魔銀しろまがね 〉と呼ばれる鬼豊石で作られる刀剣が、玉鋼白道に比べて強度が著しく落ちるものの安価である為に、刻印ノ剣の代替えになっているという事も要因の一つである。


 ジーニアがチラリと一瞬、サッチャンの左腰に携えられている囀啼ノ剣に視線を送ると、クエルノの話に続いて行く。

「道術師と剣刀師の比率を見てもそうだけど、それに加えて剣刀師で無い者でも囀啼ノ剣を扱っている者は多くいるからな。流通してる囀啼ノ剣の数なんて、刻印ノ剣と比べたら桁が幾つも違うんだよ」
「そう言われれば、私もそういう状況なんですよね」

 ジーニアの指摘にサッチャンはハッとしたように気付くと、自らの刀剣に視線を移すのであった。

「まぁ、何にしてもだ。刻印ノ剣にしろ囀啼ノ剣にしろ、それを扱える実力が備わっていなければ頑丈ってだけで、その辺の刀剣と大して変わらないんだけどな」
「・・・・・」

 ただ何気なく発せられたジーニアの言葉であったが、サッチャンには容赦なく突き刺さる。
 ジーニアの言葉がまさに自分の事であると察したサッチャンは、少しばかりシュンとなってしまうのであった。

 ジーニアは落ち込む素振りを見せるサッチャンを横目にすると、気遣っての事なのかサッチャンが間違いなく心を弾ませ興味を示すであろう格好の場所を脳裏に思い浮かべていた。

「そうだなぁ、妖精霊王国で作られた刀剣となると、やっぱりあの街が断然に一番だろうな」と言いながら、ジーニアはニヤけながらクエルノの顔を覗き込んでみる。
 ジーニアの振りに対して、クエルノはすぐさま一つの都市の名前を当然のように口にするのであった。

「それならメルカトゥーラで間違いないぞ」
「だな」

 クエルノが挙げた街の名前に微塵も異論は無いと、ジーニアは大きく首を縦に振ってみせた。
 こうして2人が撒いた見聞の餌に、興味津々といった様子のサッチャンがまんまと釣られてしまうのである。

「その街の名前は初めて聞きますね。そんなに刀剣が豊富に扱われている街なんですか?」

 素朴に尋ねるサッチャンの声に、意気揚々とクエルノが誇るように声を上げる。

「刀剣だけじゃないんだぞ! 何でも揃う街なんだ! メルカトゥーラは帝都アクシルの数十倍の広さと言われる大交易都市で、ナイトランド最大の巨大都市なんだからな!」
「いえぇーーー!? 数十倍って、そんなにもですか! 帝都だってもの凄い広さなのに、それを遙かに凌ぐ規模だなんて、私には想像もつきませんよ!」

 只でさえ信じられないと驚くサッチャンに、クエルノが躊躇無く話しを付け加えて行くのである。

「メルカトゥーラの街は、更に大地の上にも下にも階層上に展開している構造なんだぞ。あたしから言わせれば、数十倍なんかじゃ効かない規模だと思うぞ、こんにょヤロー!」
「・・・・・」

 クエルノの言う余りにもスケールの大きな話に、サッチャンは驚きで口を開けたまま何も言えなくなっていた。
 大交易都市メルカトゥーラとは、それ程までに広大な街であり、最早ひとつの国家だと言ってしまっても何ら可笑しくは無い程の超巨大都市なのである。
 サッチャンは蒼天の騎士隊隊付としての任務で、日々ナイトランドのあちらこちらを奔走してはいるが、メルカトゥーラのようにまだまだ知らない訪れた事のない街は多く存在した。
 そんなメルカトゥーラではあるが、クエルノ程ではないにしろ、過去によく訪れた事のあるジーニアにとっても馴染みの街であり広く知識を持っていたのである。

「此処より遙か南の地にあるメルカトゥーラなんだけど、地図の上では妖精霊王国に隣接する都市で、妖精霊王国の風土の影響を強く受けている街なんだ。人間よりも妖精霊族を始めとした亜人の方が圧倒的に多い街でもあるし、街の人口もナイトランドでは最多だろうな」
「・・・・・」

 すっかりと黙り込んでしまったサッチャンに、説明をするジーニアの声は聞こえていないのかもしれなかった。

 驚きで唖然とするサッチャンを更に驚かすのは酷だと思ってなのか、ジーニアとクエルノの話には敢えて出て来なかったものがある。
 それが、妖精霊の里のように異空間に存在する〈 御伽の國おとぎのくに 〉と呼ばれる迷宮世界であり、大交易都市メルカトゥーラには、大小様々な規模の迷宮世界が数多く存在しているのであった。
 広さだけでなく多層構造から異空間までと、圧倒的な規模を誇るメルカトゥーラである為に、この街の隅々まで知り尽くした者となると、それは本当に数える程しか存在しなかったのである。


 このように余りにもスケールの大きなメルカトゥーラの現状を聞かされて目をぱちくりとさせているサッチャンは、メルカトゥーラの話から逃れるようにしてクエルノに話し掛けるのである。

「それにしても、ほんとクエルノさんって、まるで武器商人であるかのように刀剣についてお詳しいんですねぇ」
「っん!? あたしは、主に刀剣やその材料を扱う武器商人だぞ」
「・・・・・」

 武器商人だと言うクエルノの告白に、サッチャンは自らの耳を疑うようにして黙り込んでしまう。
 そして、「ぇえーーー!? 商売って、専門って、武器が主力の売買だったんですか!!」
「そうだぞ。あたしに頼めば、大抵の物なら何とかしてやるぞ」

 驚きで唖然とするサッチャンは、氷の彫刻のように冷えて固まっている。
 それもそのはずサッチャンは、クエルノの商売において武器などの売買は、ほんの一部なのだと思っていたからである。
 今までのクエルノとジーニアの話からしても、クエルノが武器商人だと察する事は容易であったが、良く言ってそこは根が純粋なサッチャンであり、悪く言えば単に鈍感なのであった。

「これでもクエルノはけっこうなやり手の武器商人で、ナイトランドに流通してる刀剣をはじめとした武器の3割近くは、クエルノのオテント商会によるものなんだ。最近では武器以外も扱うようになって、何でも屋になりつつあるけどな」
「・・・!?」

 サッチャンはジーニアの言葉にも反応出来ずに少しの間、言葉を失ってしまうのだが、ふとある言葉が頭を過ぎって行く。
 キリッとした表情でクエルノを見るサッチャンではあったが、その脳裏を過った言葉は余りにも辛辣なものであった。

「もう完全にヤバイぐらいの死の商人じゃないですか!」
「・・・っえ!? あたし、ヤバイぐらいの!? 死の商人!!」

 サッチャンの言葉に衝撃を受けるクエルノであったが、それ以上に慌てたのはジーニアの方であった。
 ジーニアはクエルノとサッチャンに、再び小競り合いをされては面倒だと弁解をするのである。

「いやいや、サッチャン。それは捉え方の問題だから!」
「いえ、誰がどう見ても、悪魔に魂を売った死の商人です。もう悪魔そのものと言ってしまっても良いかもしれません!」

 クエルノの十八番を奪うような余りのサッチャンの言い様に、クエルノは大きな口をあんぐりと開けたまま硬直している。
 このクエルノの様子を見たジーニアは、すぐ様にサッチャンの解釈を訂正してやるのだ。

「ほら、捉え方によっては争いを早期に終結させて、平和で安全な希望に満ち溢れた世界を作る為のお手伝いをしている商人だから」
「・・・それは、ちょっと無理やり過ぎやしませんか?」

 ここでクエルノの沸点は早々に限界に達するのである。

「だ、だーれが悪魔に魂を売った死の商人だ! 小娘がぁ!! あたしは平和と希望の大商人だ! こんにょヤロー!!」
「こ、小娘ですって!」
「なんだぁーこんにょヤローのサッチャンちゃん! ブッ殺すぞぉー!!」
「殺せるものなら殺してみて下さいよ! それこそ死の商人らしいってものじゃないですか!」

 延々と続くかの如く激しく言い合う2人を、ジーニアは止める気にもなれなかった。
 その理由は単純にして明快、面倒くさいからである。

 言い争う2人の声を耳にしながらも、ふとジーニアが何かを察したように辺りの景色に目をやると、晴れ渡っている大空を見上げ始めた。
 ジーニアは虚空を見つめながら訝しげな表情を浮かべるとクエルノに尋ねた。

「なぁ、クエルノ・・・」
「なんだっ! こんにょヤローのジーニアちゃん! ブッ殺すぞ!」

 怒り心頭中のクエルノが怒気をはらむ声で返事をする。
 完全な八つ当たりは、今にもジーニアに噛み付きそうな勢いである。
 そんなクエルノの態度にも慣れてしまっているジーニアは、気にも留めずに1人の人物の名を挙げた。

「帝都周域の天気予報について、ラクリマは何か言ってなかったか?」
「っえ!? ラクリマちゃん?」

 サッチャンと言い争っていたクエルノだが、心を許す人物の名を口にすると、その怒りは何も無かったかのようにして一瞬で収まってしまう。
 相変わらずクエルノというのは、熱しやすく冷めやすい感情の極致に達している生物のようだ。

「どうしたんだジーニアちゃん、天気が気になるのか?」
「あぁ、ちょっとな」

 どう見てもジーニアの視線の先には晴れ渡っている大空が広がっており、とてもじゃないが雨が降りそうなどとは思えない天気である。

「帝都周域に天鬼雨が降る予報なんてラクリマから聞いてないか?」
「っんーーどうだろうな、こっちにはあたしとエンブラちゃんの2人で先行して来ちゃったからな。商談先でちょっとトラブルがあって立て込んでたから、ラクリマちゃんから予報を聞いた覚えはないと思うぞ」
「ふーん、そっか」
「なんだ、ジーニアちゃん? 狐鬼の嫁入りでもあるって言うのか?」
「気のせいかもしれないけどな」と、ジーニアは何か腑に落ちないといった表情をしていた。

 クエルノの言う〈 狐鬼の嫁入りこおにのよめいり 〉とは、魔鬼が現れる前によく見られる
天鬼雨てんきあめ 〉と呼ばれる異常気象の事である。
 雲一つ無く晴れ渡り、雨など微塵も降る様子も無い青空だというのに、ジーニアは妙に天気を気にしているのであった。

 青空を仰いでいたジーニアの視線が徐に、帝都中央にそびえる巨大な3つの建物の内の一つである皇帝大宮殿へと向けられた。
 特に何かジーニアの直感が働いたという訳でも無いのだが、今まさにこの時、この皇帝大宮殿の一室では極めて重大な決断が下されていた。
 それは、蒼天の騎士隊騎士隊長であるジーニア・ブレイブに大きく関わる事柄であり、そして、ウェザー騎士団との決別を意味するものであった。






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