ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 測量する事が容易で無い程に広大な土地と複雑な地形を持つアークシール超帝国の領土内には、国境の全てが超帝国に接している独立国が数多く存在していた。
 つまりは、超帝国の支配下には無い国々が、ナイトランドには数多く存在しているという事である。
 こうした事からもナイトランドは、世界でも滅多に無い多種多様な土地柄が見られるという特殊な環境にあった。

 ジーニアの言う妖精霊の里もそんな国々の一つではあるのだが、他の国々に比べて極めて特異的な状況下にある国として知られていた。
 妖精霊の里と呼ばれる場所はナイトランドの領土内に何十という数で存在している。
 クエルノが商談で訪れたという妖精霊の里の一つは、そんな里の中でも帝都アクシルに最も近く、帝都から南西に直線距離にして約500キロの位置にあった。
 もちろん、そこに至るまでには山岳や渓谷などの起伏の激しい領域を越えて行く必要があり、距離以上に過酷な道程となっているのである。

 さて、これはとても奇妙な話なのではあるが、妖精霊の里に訪れようと人々が里の在る場所を尋ねてみても、そこには里らしき土地の存在を確認する事は出来ないでいた。
 特異的な状況下にある国だと言ったのは、まさにこの事であり、では何がそれ程までに特異的だと言うのであろうか?

 妖精霊の里が在るはずである場所には、1メートル四方の小さな祠と、その祠の両脇に立つ2体の地蔵の像だけである。
 ただこの2体のお地蔵様、祠よりも少し背が低く朗らかでとても愛嬌がある表情をしているのだが、その表情とは対照的に手には杖ではなく一振りの剣を握り締めているのであった。
 余りにも似つかわしくない剣を手にする2体のお地蔵様に、挟まれるように在る祠もまた一見風代わりな創りをしている。
 地面の側を除く3辺で非常にシンプルに形作られたこの祠には、屋根は有るものの扉らしき物は無く、しかも祠は向こう側がまる見えという筒抜けの状態である。
 そして、その筒抜けで見えるナイトランドの景色は、不可思議に大きく歪んでいるのであった。
 この歪みの正体は空間の歪であり、妖精霊の里はこの空間の歪の先に在る。
 そう妖精霊の里というのは、ナイトランドが存在する空間とはまったく異なる空間に存在しているのだ。

 アークシール超帝国と接する国境とも呼べる祠に浮かぶ空間の歪には、極めて特殊な精霊術と呼ばれる道術の結界が張られており、ここより妖精霊の里へ立ち入るには特別な条件を満たさなければならないのである。
 精印道術とも妖精・精霊魔法とも呼称される事のある精霊術は、太古の印道術を今に継承し妖精霊族が独自に進化させたものであり、中でも取り分け、精霊王エレメイストが操る精霊術に至っては、アークシール皇帝の印道術と並び称される程に世界では周知されていた。

 それ程の力を持つ精霊王の手によって維持されている祠に施された精霊術は、失われた太古の印道術から成り立った精霊術である為に、最も強力であり強大であるアークシール家の印道術を持ってしても解印する事、即ちこの精霊術を破る事が不可能な状況なのであった。
 この事からも解る通り、超帝国の領土内に存在する数多くの独立した国家や各種族の領土の中において、妖精霊の里が属する〈 妖精霊王国 〉は唯一とも呼べる不可侵の領域なのである。
 このように一切の外界からの侵入を拒絶する妖精霊の里へと、自由に往来する事が許されているクエルノや、妖精霊の里を根城にしている羽翼の騎士団というのは、極めて稀有な存在なのだと言えるのかもしれない。

 こうした極めて特殊な環境下でナイトランドに存在する国家の妖精霊の里に対して、サッチャンには幾つもの疑問が頭に浮かぶのであったが、まず真っ先に言葉として出たのは1人の人物の事についてだったのである。

「あのぉ、ジーニア隊長、質問があるんですが?」
「っん? 何だいサッチャン」
「もしかして、ソウオドさんと言う方は、リンネ部隊長と同じ妖精族の方なんでしょうか?」

 サッチャンに尋ねられたジーニアは、遠くソウオドと呼ばれる人物が居るであろう妖精霊の里がある方角を望みながら、少しの笑みを浮かべて答えた。

「いいや、ソウオドの人種は一応俺達と同じ人間だよ。それでもってソウオドは、クエルノの商売相手の中では一番の上客だな」

 ジーニアの言葉に引っ掛かる節があったものの、サッチャンはソウオドについての具体的な人物像を続けて求めるのである。

「一応は人間っていう言い方が多少は気になりますけど、商売相手として上客だとは言っても、1億エンドの価値がある鬼豊石をポンと出してくれるなんて、一体どのような方なんですか?」

 一瞬の間を取って思案を巡らせるものの、ジーニアは吹っ切るようにして迷い無く答えた。

「そうだなぁ、ソウオド・グランディスタは羽翼の騎士団の団長にして、修行中の刀剣鍛冶師でもある。そして・・・」と、そこまで口にしたジーニアにクエルノの声が絶妙に重なり合うのである。

『筋金入りの刀剣馬鹿だ!』

 まるで示し合わせたかのような2人の声に、サッチャンは少し驚いては目をぱちくりとさせてしまうのであった。

「騎士団長で鍛冶師だという組み合わせだけでも意外で驚きますけど、刀剣馬鹿・・・ って、どういう事なんですか? 刀剣コレクターとかでしょうか?」

 刀剣馬鹿という耳慣れない言葉に戸惑うサッチャンであったが、クエルノがそれを思い切り笑い飛ばすのである。

「ブッぷぷぷっ、ソウオドちゃんはにわかコレクターなんかでも只の馬鹿でもないんだぞ! あそこまで行くと病気だ。完全に狂ってるな。刀剣病で刀剣狂ってやつだ!」
「クエルノさん、幾らなんでもそれは酷い言いようですよ・・・ でも病的で異様な刀剣好きって事ですよね? それならオタクと言うよりも刀剣マニアなのかな?」
『・・・!?』

 ジーニアとクエルノは、サッチャンの言う聞いた事も無く意味も分からない単語に、一様に眉を潜めるのであった。
 そんな初めて聞く言葉に、ジーニアは不思議がってサッチャンに尋ねるのである。

「オタク? に、マニアって?」
「あっ、この世界では使われていない言葉だったんですね」

 ジーニアの疑問に思わずハッとするサッチャンであったが、そのまま話を続ける。

「それはですね、愛好家というか専門家と言った方が良いのかな?」
「ふーん、サッチャンが居た世界には変わった言葉が多いんだな」

 ジーニアは以前にサッチャンから教わったセクハラやパワハラなんていう言葉を思い出していた。
 そして、今回のオタクやマニアという言葉に関しても、どうやらしっくりと来たようである。

「刀剣に対する思いでソウオドの右に出る者なんてナイトランドには居ないだろうな。それにソウオドほど刀剣に精通した人物も俺は知らない」
「隊長にそこまで言わせるなんて・・・、もの凄く刀剣に情熱を傾けている方なんですね!?」

 驚きの声を上げるサッチャンに対して、クエルノが親切心で言葉を挟むのだが、それが意図せずサッチャンに混乱をもたらすのである。

「そうなんだぞ、ソウオドちゃんは凄いんだぞ! 刀剣鍛冶の師匠は妖精霊族一の名工でもある精霊王のエレメイストちゃんだしな! それにソウオドちゃんは、この世界に存在する有りと有らゆる刀剣のく声を聴き分ける事が出来る唯一の存在なんだから!」
「・・・っえ!?」

 ソウオド・グランディスタの刀剣鍛冶の師匠が精霊王だと言う事も驚愕に値する事実ではあるのだが、それ以上にサッチャンはクエルノの言う〈 刀剣の啼く声 〉という表現の意味がまるで理解出来ずに戸惑っていた。
 ジーニアが「当然だろうな」と言いたげな顔で、サッチャンの戸惑いに気付き口を開き掛けるのだが、それを妨げるような愉快な笑い声で口を開けたのはクエルノであった。
 今まさにこの瞬間に、クエルノは思い付いてしまったのだ。
 それは、ソウオドの刀剣に対する熱い思いを言い表すには実にピッタリとしっくり来るものであったのである。

「ブッぷぷぷっ、ソウオドちゃんのあれは刀剣愛だ!」
「ははっ! クエルノさん、それなら素敵だと思います!」

 クエルノの新たな表現に納得のサッチャンも、胸の前で手を叩いて合わせ頷くと、にこやかな笑顔を見せるのであった。
 もちろんこの刀剣愛という表現には、ジーニアも納得したように笑みで応えていた。
 そして先程の戸惑う様子を見せたサッチャンの疑問を解決に導いてやろうと、ジーニアがサッチャンの左腰に携える細身の剣を指摘しやるのである。

「ところでサッチャン、その剣ってどうやって手に入れたんだ?」
「っえ!? この剣ですか? これは私が蒼天の騎士隊の隊付として就任した時に、バネッサ副隊長から頂いたものですけど」

 唐突な問い掛けに一瞬の戸惑いを見せるサッチャンではあったが、心から慕っているバネッサから貰い受けた剣だと、ジーニアの言葉の意図を見出せずとも誇らしげに答えるのであった。
 そのようなサッチャンの様子を目にするジーニアが満足気に頷く。

「そうだな。バネッサからの依頼でその剣を見立てたのが、ソウオドって言う刀剣愛に満ち溢れたとんでもない刀剣マニア?なんだよ」
「っえーー!? そうだったんですか! 私、知らない間にソウオドさんのお世話になっていたんですね! この剣、私にとてもしっくり来てて扱い易いんですねぇ」

 自らの知らない所でソウオドとの接点が有った事に、サッチャンは純粋に驚きの声を上げるのと同時に、ソウオドという人物が刀剣に関しては余程の目利きであるというジーニアの言葉に、確信を持つのであった。







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