ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー × ナ イ ト ラ ン ド
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火焔に包まれた王雀は悠然と翼を羽ばたかせ、爆発で大きく穴の開いた地表の宙に留まっている。 王雀の口から熱を帯びた煙が揺らめきながら吐き出された。 「人間如きが、いつまでも調子に乗りおるな・・・」 空中を浮揚する王雀の羽ばたきが激しさ増して行くと、次第に爆風のように自らが纏う炎熱を巻き上げ、衝撃波となってバネッサを襲うのである。 炎熱に晒されるバネッサ、しかもそれはただの衝撃波ではなかった。 「ぐっ・・・」バネッサの頬に鋭い痛みが走り出血をする。 両腕を交差させ頭部を守るようにして防御姿勢を取るバネッサに向かって、炎熱を帯びた王雀の鋭い鋼の羽根が衝撃波に乗って放たれているのであった。 無尽蔵に絶え間なく放たれる炎熱の刃に対して、為す術も無くバネッサの身に付ける隊服が切り刻まれていく。 金属の鎧の頑強さ程ではないが、防刃・耐熱性においても非常に優れた頑丈な素材で作られているはずの蒼天の騎士隊特有の隊服ですら、王雀の非情なまでの攻撃を完全に防ぎ切るには至らなかった。 当然のように炎熱の刃が生身の体に触れようものなら、その損傷の度合いは想像するに難しくはない。 バネッサは篭手、脛宛、胸部と簡易的に金属の鎧を装着してはいるが、それ以外の部位は隊服が無残に焼き切られ、白地の隊服は世界地図でも描くようにして鮮血で染められていた。 王雀の凄まじい炎熱の衝撃波は、闘技場周りに控える騎士隊員達をも襲った。 まさに高熱の爆風に対して、各々に驚愕の声を上げ恐れ戦く隊員達。 それはアークシール超帝国の精鋭と呼ばれ、称えられるべき存在であるウェザー騎士団、その蒼天の騎士達が見る影も無い有様だったのである。 「まさか王雀の本性が火の鳥だったなんてな!」ランブレも腕を前にかざし懸命に防御姿勢を取っている。 「こんな事は、妖精族の伝承にも存在しない・・・」滅多な事では動じないリンネの目が恐怖で見開いている。 この場に居る誰の目にも王雀の姿が、火焔を纏った死神に見えている事だろう。 しかし、見守る隊員の中で1人だけが、不確かだが炎の死神ではない何かに感付いていた。 「・・・あれ、は!?」小さく呟くサッチャンの視線が、バネッサの手前で揺らぐ大気の微妙な動きを逃さなかった。 サッチャンの気のせいなのかもしれないが、確かにその揺らぎの直後、バネッサへと注がれ続ける炎熱の刃の勢いが緩んだように見える。 ・・・それはサッチャンの気のせいではなかった。 王雀の攻撃の嵐の中、腰にまで届きそうな紫がかった艶やかな黒髪の女が、バネッサを庇う様にして背を向け両手を大きく広げ不動の姿勢で立っている。 その姿は、簡素で裾の長い純白のドレスを身に纏い、白銀の篭手、脛宛、胸部と簡易的に金属の鎧をバネッサと同じように装着しているのであった。 この紫黒色の髪の女の姿は、この場においてバネッサと王雀を除いて、サッチャンを含め騎士隊員の誰もが視認する事は出来ないでいた。 王雀の炎熱の刃と衝撃波は、大気に透けるようにして姿を現した紫黒色の髪の女に対して容赦なく襲い掛かる。 女が纏う純白のドレスは、瞬く間に鮮血に染まっていく。 痛ましい切創や熱傷にも女は呻き声一つ上げず、眉一つ動かす事なく王雀をキッと見据えていた。 顔の前で腕を交差させ防御姿勢を取り、衝撃に目を細めていたバネッサが、腕の隙間からその姿を捉えると「ディザイア・・・」と、目の前で自分の盾となっている紫黒色の髪の女の名を呟いた。 「何をしているのバネッサ、しっかりしなさい!」 「・・・!?」 王雀の怒涛の攻撃によって心身共に、すっかり消耗し切っていたバネッサであったが、紫黒色の髪の女ディザイアの叱咤にハッとさせられ我に返るのである。 「王雀に立ちはだかり、私を守れ・・・ 水霊王の 疲弊したバネッサの弱々しい声に呼応するようにして、球状の水の塊がバネッサから数メートル手前に忽然と現れた。 伸びたり縮んだりと重力と戯れる液体は、降り頻る雨粒から、大地に溜まる雨水から、大気中の水蒸気からと、凄まじい勢いで水分を吸収して行く。 水気を得た水の塊は全長3メートル程に成長すると、人型を形成し水の怪物となって王雀の前に立ちはだかる壁となった。 そして、炎熱の刃と衝撃波からバネッサを守るのである。 王雀の攻撃によって、水霊王の守人の体は激しく蒸発して行くのだが、それと同じ速度で周囲の水分を吸収し再生している。 「それでいいわ、バネッサ。今の私は、あなたに何もしてあげられないのだから・・・」 「・・・・・・」 憂いを帯びるディザイアの声に、バネッサはただただ押し黙っていた。 その声に縋れば、今にも消えてしまいそうな闘志の炎が、完全に消えてしまうと思ったからだ。 (世にも珍しい楼閣の魔方陣、一度の術式での複数体発現。道術に長けた妖精種族であっても極めて難解事を人間の小娘が・・・)バネッサの印道術の力量に、王雀は内心驚いていた。 そして、バネッサの不撓不屈の精神力に・・・ 強大な力を前にしても決して倒れないバネッサの姿を、王雀は遥か遠くでも見るように、燃え盛る眼光で見据えている。 降り止む事を忘れた風雨と、王雀の放つ炎熱の衝撃波に、まるで懸命に抗っているかのようになびくバネッサの金色の髪が、美しく煌いている。 「余は今、小娘に黄金の精神を見ておるのか・・・」 威厳に満ちた王の呟きは、今にも挫けそうなバネッサの魂を賛美していた。 そして今一度、王雀の心の声が(この小娘は、危険だ)と、直感に伴って警告を発するのであった。 攻撃の手を緩める事の無い王雀が、水霊王の守人越しにバネッサの前に立つディザイアへと視線を移すと、その目を見開いた。 「余に対し干渉出来ぬ剣に宿りし精が、この場において何用だ?」 威圧する王雀にも、ディザイアは微塵も怯む様子が見られない。 「・・・そうね、確かにあなたに私は何も出来ないわ。私が干渉を許される対象は、私が今宿る剣〈 切望 〉の覇者であるバネッサ・アークシール、及び同属である私達〈 ディザイアの澄ました返答にも、王雀は淡々と口を開いた。 「魔鬼とは、余の食物にしか干渉出来ぬ輩よ、消えるがよい」 「いいえ、断るわ!」 「・・・な、に!?」 即答で突っぱねるディザイアに対して、王雀に微かな苛立が見えたが、そんな事はお構い無しにディザイアは、王を前におどけた調子で言葉を続ける。 「私はこの上も無く美しいものが大好きなの。絶望の中で咲き誇る花なんて最高だわ・・・」 「何の戯言だ」 王雀の声など、まるでディザイアには届いていない。 そして、ひとり口を開き続けるディザイアの表情が一変する。 「例えこの場で何も出来なくても、こんなにも美しい ディザイアの言葉には、あからさまな怒気が含まれ、彼女の瞳は、隠し切れぬ憤怒の色に染め上げられているのであった。 |
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