ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 8人のウェザーの騎士達が目指すスラム街の名は、アレグレシアという。
 そのアレグレシアの背景に、神々しく鎮座する5000メートル級の連なる山々が、レシア山脈である。
 この雄大なレシア山脈を形成したのは、主に大規模な地殻変動による大地の隆起と、地殻に対するマグマの様々な影響による隆起であった。
 つまりレシア山脈の多くの山は今も尚、火山活動中の活火山なのである。

 実はアレグレシアに訪れた者の目に、真っ先に飛び込んで来る情景はレシア山脈だけではなかった。
 スラム街に近付くにつれ、その巨大な姿を視界の中で顕にする情景こそが、アレグレシア巨石像と呼ばれる3体の巨大な石像である。
 跪き両手を広げ天を仰ぐ3体の巨石像は、スラム街アレグレシアを囲むようにして、三方に据え置かれていた。
 裸に腰布一枚のみという人間の容姿をした巨像は、男性と女性の姿をした像が2体、そして性別が不明であり頭部に2本の角を持つ像が1体である。
 巨像の高さは優に100メートルを超えるものであるが、長きに渡り修繕などが成されておらず、永い間で風雨にさらされ続け侵食した結果なのか、すっかりと朽ち果ててしまい所々が派手に崩壊してしまっていた。
 巨石像のひび割れた隙間には、何処からか吹かれて運ばれて来た植物の種子が迷い込み根を下ろしている。
 表面の至る所には苔が生え育ち、その趣は、まさに悠久の歴史を感じさせるものとなっているのであった。

 そんな巨石像を臨むように広がる木原地帯の潤沢に生い茂る木の実や小枝が、ウェザーの騎士を背にした馬機の柔靭な鋼の脚に踏み潰される度に、歌うようにして乾いた音を上げている。
 その軽快な音と混じるように聞こえて来たのは、エドゥワードのすぐ後ろ、隊の3列目を行く光陰の騎士の荘重な声であった。

「主よ、この場より直ちに帝都へと帰還される考えは?」

 エドゥワードの事を主と呼ぶこの騎士は、ひと目で普通の人間では無い事が分かった。
 金色の毛深い容姿と、鋭い牙や視覚に入った者を射殺さんとする眼光は、紛れもない狼の獣人そのものだ。
 彼が光陰の騎士隊で先任騎士を務めているウルファザー・ダイスンであり、エドゥワードに一個人として仕える従者でもある。
 ウルファザーの問い掛けにも、エドゥワードは首を傾げる事も無く淡々として答えた。

「いや、グロリアスやデッドライド卿が出張る程の大物案件だ。現場を見ておいた方がよかろう」
「承知致した」

 ウルファザーの返事を耳にするエドゥワードは、少しの間を開けると渋い顔で続けて言った。

「正直、このまま手ぶらで帰るのがしゃくだって思いもあるがな・・・」
「・・・なるほど」

 老練な風格を持つウルファザーは納得すると、軽く頷くのであった。
 そして、先程から渋い表情で前を見据えていたエドゥワードが、ふと何かを思い出したようにデッドライドの背中へと視線を向けると、その背中に言葉を投げ掛けるのである。

「ところで、デッドライド卿。先程の話なんだが・・・」
「何の話でしょうか、殿下」
「英雄と称えられる貴卿に〈 ナイトランドの双璧 〉と言わせるなど、いったい何の浮世話だ? いや、まるで大層な御伽話そのものではないか!?」
「ハッハハハ! エドゥワード殿下、御冗談を!」

 エドゥワードの言葉が余程に可笑しかったのか、デッドライドは遠慮も無しに大きく笑うと、続けて事の次第を簡素に述べるのである。

「出所はナイトメディアですよ。先の戦が〈 進撃の大魔鬼だいまき 〉と題され、風物誌〈 かざしるべ 〉にて詳細が特集として掲載されております。その記事では派手に活躍された、殿下とグロリアスの事が大きく取り上げられていましてな。そこにお二人がナイトランドの双璧だと書かれているんですよ」
「んぅ・・・、やはりナイトメディアであったか」

 話の出所がナイトメディアだという事をエドゥワードは薄々気付いていたのだろう、やれやれと言った様子で灰色の溜息をつくのである。
 様々な思惑を胸に秘めた数多の猛者や権力者が蠢くこの広大なナイトランドにおいて、双璧などと呼ばれる事がどれだけ大それた事であるのかを、皇族や貴族の中で生きるエドゥワードはよく分かっているのだ。
 そんなエドゥワードが、デッドライドの胸中を探るようにして話を続ける。

「特にナイトメディアに関してだが、声高らかに知る権利だと主張し、それを盾にして自由にやり過ぎているのではないのか?〈 探訪騎士 〉がウェザーの各関係施設で、うろついている姿をよく目にしている」

 ここ数年の間での行き過ぎた騎士組合の活動に、エドゥワードは苦言を呈するのであった。

 探訪騎士というのは、良く言えば世の真理を追い求める事を生業としている騎士である。
 入手した情報の内容によっては恨みを買う事も、権力者などにとっては邪魔者だとされ、命を狙われ事も度々あった。
 そして、そんな取材の際には、危険地帯に赴く事や危険生物などと対峙しなければならない状況も多々あり、それなりの強さという力量が求められる職業騎士でもある。
 ここ最近では、このような本来のあるべき姿が見失われ、人々の興味を引き、受けが良く話題になる事柄ばかりを追い掛ける傾向にあった。
 何故ならそのような情報というのは、どのような世界においても金になるからである。

 エドゥワードのように、ナイトメディアの今の有様に、懸念を示す者は少なくなかった。
 そんなエドゥワードの懸念を真摯に受け止めたデッドライドが、自らの見解を口にするのである。

「超帝国騎士団とは違い、ウェザーでは大した規制も行っておりませんからな。騎士組合がこれだけ自由に動ける内は、ある意味まだこの国が正常に機能していると言う現れで宜しいのかと・・・」
「そのようなものか」

 デッドライドの言葉にエドゥワードは、一理あるなとばかりに頷いた。
 そしてデッドライドは、ウェザーとしてでなく個人として、既に対策を取っている事を伝えるのである。

「当然の事ながら、ナイトメディアの情報が世に出る前には監査機関による審査もありますし、何よりも騎士組合には私の手の者を何人か配属させおり、風物誌の責任者もその1人でございます」
「ほう・・・、それは手回しが良いな」

 著名な貴族であり英雄であるデッドライドには、その人望もあって超帝国の様々な機関に協力者がいた。
 そんな中でも騎士組合であるナイトメディアの存在を、デッドライドは非常に重要視しているのである。
 どんな世界においても、情報を発信する組織と言うのは、民衆の思考をいとも簡単に奪い、捻じ曲げてしまう程の圧倒的な影響力を持っている。
 その事をデッドライドは、よく理解しているのであった。

「公の情報を疑う者など僅かな数しかおりません。特にナイトメディアが発信する情報に至っては、人々への影響力が極めて大きなものですからな。この事は、ウェザーの存在を煙たがる天矢府や五超黒への良い牽制にもなるのかと。場合によっては、こちらがナイトメディアを利用するのも何ら難しい事ではありません」
「流石は、武勇智略に長けた名将と言った所か・・・」

 一切の抜かりも無いデッドライドに対し、エドゥワードはただただ関心の念で一杯になるのであった。
 そして、そんなエドゥワードの口からは、思わず本心が零れるのである。

「代々、超帝国騎士団の中枢を担う家柄の事もあるだろうが、願わくばデッドライド卿には、末永くウェザーに留まっていて貰いたいものだ」
「殿下、それは私も望むところですよ。本当に、ウェザーは自由でいい」
「ふっふ、少々自由過ぎる奴もいるがな」

 そう言いながらエドゥワードは、隣の馬上で寝転がる、まさに自由の象徴へと視線を流すのである。
 そこには蒼天が良く似合う自由人、目を瞑り気持ち良さそうに馬上で揺られるグロリアスの姿があった。






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 遥か太古の昔、かつてこの地に存在した5つの巨大国家は、度重なる激しい戦争の末に、新たなる一つの超帝国となり産声を上げる事となった。
 それが、今のアークシール超帝国である。

 アークシール超帝国は君主制ではあるが、アークシール皇帝による絶対君主制ではなく、民主制が極めて強い立憲君主制の国家である。
 これは王国や帝国が乱立するこの世界においては極めて稀有な事であり、この体制が今の超帝国に繁栄をもたらしているとも言えた。
 しかし、幾ら民主制が強い傾向にあるとは言いながらもその実は、皇族や貴族などが中心となった議員による議会〈 天矢府てんしふ 〉が国の舵取りを行っていた。

 天矢府は超帝国における唯一の立法機関であり、国の最高機関とされている。
 そして、その天矢府の権力からも完全に独立した機関こそが、風の軍隊を率いて超帝国領土にある脅威の監視、排除を行う〈 風ノ戒かぜのかい 〉と呼ばれる司法機関なのである。

 風ノ戒は超帝国騎士団の警衛隊と同じく、主に治安維持活動に尽力している組織なのだが、扱う案件の大きさについては国家規模であり、その重大さから法の下において特別な執行権を持っていた。
 それは司法に基づき裁きを行い判決を下す事が出来る権利であり、判決が極刑ならば風ノ戒の隊長格に至っては、その場で死刑を執り行う事が法的に許可されている。
 その適用範囲は皇族や貴族はもちろんの事、アークシール皇帝をも含めた全ての者に対してである。
 このような事から風ノ戒は超帝国において、絶対的な平和を堅持する為の強力な抑止力となっているのであった。
 昔から大人達は悪戯っ子に対して「空から風ノ戒が見ているぞ!」と、躾の決まり文句で良く使われる程に、風ノ戒というのは人々に怖れられている国家機関なのだ。
 風ノ戒が存在する以上、例え緊急の場合においても行政機関は超法規的措置などという行為を講じる事は出来ない。
 微塵の隙間風をも許さない姿勢こそが、国家において強固な礎となるのである。

 超帝国の軍事の一切を担う大規模なアークシール超帝国騎士団に比べれば、皇帝の私設騎士団であるウェザー騎士団の規模はそれ程のものではない。
 しかし、ウェザー騎士団にはグロリアス・デイのように、個々の能力が飛び抜けて優秀な者が多く在籍している為に、超帝国騎士団と並びナイトランドにおける2大勢力となっていた。
 特にウェザー騎士団の各騎士隊三頭に至っては、その思想や能力の強大さ故に、風ノ戒からは危険視され要警戒対象と見なされているのである。

 中でも取り分け危険視されている人物こそが、何を隠そう光陰の騎士隊三頭で騎士隊隊長であり、超帝国の皇太子でもあるエドゥワード・アークシールであった。
 エドゥワードは、その我の強過ぎる思想や気性の激しさから、超帝国の最高機関である天矢府や、実父であるアークシール皇帝とは度々衝突をしている。
 そして、個人が持つには余りにも度を超えた印道術師としての圧倒的に強大な能力の事もあり、風ノ戒はエドゥワードを特に厳重に警戒しているのであった。

 そのようなエドゥワードの事を、誰よりも高く評価し共感を示しているのが、蒼天の騎士隊主席であり英雄と称えられるボルグス・デッドライドなのである。
 他者の意見に耳を傾ける事など滅多に無いエドゥワードであったが、デッドライドは数少ない例外の1人であるのと同時に、エドゥワードの常日頃からの言動の真意を見抜いている1人であった。

「何分にもエドゥワード殿下は、敵を作り過ぎているように見受けられる。
が、それは意図的に・・・、ですかな?」
「・・・ほう」

 何気も無く空を仰いでいたエドゥワードは感心するように頷くと、自身の左前方で馬機に揺られるデッドライドの背に、一瞥を投げるのであった。
 そんなエドゥワードの視線に応える様にして、デッドライドは話を続けて行くのである。

「殿下の事だ、考えあってのものなのでしょう。帝国の悪しき一面に風穴を開けて頂くという意味でも、皇太子である殿下だからこそ意味を持つ言動がある。殿下には今のまま突き進んで下さる事を願っておりますよ」
「それは無論だ。しかし、風穴程度で済ませるつもりなどは無いがな!?」
「それはそれは・・・、実に頼もしい」

 エドゥワードの言葉に顔をほころばせるデッドライドであったが、その表情に険しさが陰を落として行く。

「殿下、風ノ戒には充分な警戒を。あの機関には如何なる者も、天矢府でさえ一切の干渉が許されない隔絶された組織ですからな」
「あぁ、心得ている。しかし、風ノ戒ほど心強い組織も他にはないと言えるのでないか?」
「・・・仰る通り」

 会話の内容とは程遠く、馬上の2人は世間話でもしているかのように、その表情は随分とにこやかなものであった。

「殿下の力を持ってすれば大概の事は思うがままでしょうが、こと超帝国は一枚岩でありませんからな。大事が起これば国は分裂し、戦になれば結果がどうであれ、国力の大きな損失は必至。それに加えてナイトランドは実に複雑な風土であるが故、他種族や他国家、活発化する魔鬼の動向にも対処が必要となりましょう」
「あぁ、・・・難しいものだな」

 少し表情を強張らせ、超帝国の行く末に思いを巡らせるエドゥワードの目が、何かしらの謀の色で染められていた。
 しかし、途端にその口元が大きく緩むのである。

「フッフッフ、その時は今以上に、デッドライド卿には勤めてもらわねばな」
「ハッハッハ、私で役に立つのであれば、如何様にも」

 エドゥワードが声を上げて笑い出すと、デッドライドもそれに釣られて笑い出すのであった。
 2人の会話を片耳にしながら「何の話をしてるんだか、このお偉いさんの2人は」と、エドゥワードの隣を行く馬機の背で寝転がっているグロリアスは、まるで興味無しと言った様子でぼそりと呟くのであった。


 エドゥワードはデッドライドに対して、全幅の信頼を寄せていた。
 性格はまるで違えど、それぞれの一族における2人の境遇は近く、そのような点からもお互いに水が合ったのかもしれない。
 デッドライドは自らが席を置く蒼天の騎士隊だけに留まらず、いつもウェザー騎士団全体の事を考慮し行動していた。
 常にそのような配慮を怠らないデッドライドの姿勢こそが、ウェザー騎士団で騎士隊の枠を超え、各騎士隊三頭や騎士達からの絶大な信頼へと繋がっているのである。

「ところで、エドゥワード殿下。先程のナイトメディアの話に付随しますが、如何なる圧力が掛かろうとも、ウェザーに関する機密事項やウェザーの騎士を咎め、陥れる様な記事が出る事は絶対にありません・・・」
 デッドライドの言葉に、エドゥワードはハッとすると続けて言葉が出た。

「そうか・・・、卿には随分と手間を掛けさせるな」

 血を分けた自らの弟妹の事だと察したエドゥワードは、背を向けているデッドライドに感謝の意味を込めて軽く会釈をするのであった。

 皇族や有力貴族の中には、幹部として超帝国騎士団にその身を置いている者が多く存在していた。
 本来ならばデッドライドもそう在るべき有力貴族である。
 そのような皇族や有力貴族といった身分の最たるものであるアークシール家で有りながらも、特に皇帝の直系の血筋である者は、代々ウェザー騎士団に籍を置く事が常となっていた。
 それはウェザー騎士団が、皇帝の私設騎士団であるからだという事も理由の一つであり、半ば慣例化されたものなのだろう。

 皇族や貴族などの上流階級が住む優雅な世界というのは、いつの時代においても庶民が憧れ夢見る世界であり興味が尽きないものである。
 だが、庶民達は現実を、悲劇の真実を何ひとつ知らないのである。
 特に皇族であるアークシール家には、決して公には出来ない国家機密が数多く存在していた。
 その中の一つが、同じ母の血を分けたエドゥワードの妹や弟に関する事柄であり、一部の者しか知り得ない特別な機密事項となっているのである。
 そのアークシール家の機密に直接的に関わる人物が、今この場にエドゥワードを含め3人、静かに馬機の背で揺られているのであった。






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