ド リ ー マ ー ズ ・ ラ イ ト  ×  ナ イ ト ラ ン ド

外  伝
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 永世桜の大きな花びらの中に再び埋もれてしまったギギを余所に、ゴブリン達の関心はプリオからボロボロのマント羽織った薄汚い奇妙な生物へとすっかり移り変わっている。
 奪える物が何も無いと分かったゴブリン達は激しく苛立ち、奇声と共に殺意の矛先を将軍へと向けているのだ。
 すると一匹のゴブリンが、虹色に煌めく将軍の角に魅入られたのか、その角を寄こせとばかりに何度も抜き身の刀剣で指し示しながら将軍の目の前に立ちはだかる。
 が、これはゴブリンにとっての完全な過ちであった。

「あたしの前に立つんじゃないぞ、ゴブゴブが」

 無表情に冷静な口調で言い放つ将軍は、短い足でスタスタとゴブリンに触れられる距離まで近付き軽く跳躍すると、平然とした表情を崩すことなくゴブリンの左頬を思い切り引っぱたくのである。
 ゴブリンの体は二回三回と派手に転がりながら十メートル程先で倒れ、そのまま意識を失い泡を吹きながらピクピクと痙攣を起こしていた。

『・・・・・』

 将軍に張り飛ばされ倒れる仲間の無惨な姿に、ゴブリン達は奇声を上げる事も忘れ唖然としている。
 プリオは当然の結果だと分かっていたが、問題なのは自分である事も分かっていた。
 将軍は改めて七色の虹彩をした大きな目でじっとプリオを見詰めると、再びいかりっのない声で問うのである。

「あたしを見ろ、プリオちゃん。あたしが何を言おうとしているか分かってるな?」
「・・・はい」
「さっさとこいつらをブッ殺して仕事に戻れ」
「そ、それは・・・」
「それは何だ? 出来ないのか? プリオちゃんの力なら簡単だろ?」
「っぐ・・・」

 オテント隊の一員として当然のように成すべき事を責められるプリオは、歯を食い縛り黙り込むしか出来ないでいた。
 過去に起きたプリオの戦いを拒む理由を間近で見て知っている将軍は、それでも敢えてプリオを責めるのである。

「ナイトランドで戦うことを止めた奴は、魔鬼マオニの餌食になるか、力を持つ奴に搾取されるかだぞ」
「よく、分かっています、将軍閣下」
「刀剣が泣いているぞ。その囀啼ノ剣てんていのつるぎは父ちゃんの形見だろ」
「・・・!?」

 荷車に積まれている刀剣を指摘されたプリオは思わずハッとするが、その刀剣を手にして戦おうという気力は今のプリオにはない。
 玉鋼白道の運搬という重要な任務が滞っているのにも関わらず、プリオは頑なに戦う事を拒み続けるのであった。

 ここで痺れを切らし仲間がやられた事に黙っていなかったのが、ゴブリンの中で上位種であり戦闘力も格上のレッドキャップである。
 幅広の刀剣を手にした二匹のレッドキャップが、血で染めたような深紅色の帽子を揺らしながら将軍の前に立ちはだかった。
 張り飛ばしたゴブリンと同じ行動に出た二匹のレッドキャップに対して、将軍が平然を貫き通す事など出来るはずもなく、将軍の大気を揺るがす怒号が久遠の丘に響き渡るのである。

「あたしの前に立つなと言っただろぉ! ゴブゴブがぁ!!」

 怒り狂った将軍が次にどのような行動を起こすかなど、誰にも皆目見当が付くはずもなく、今からレッドキャップはそれを知る事となるのであった。
 幅広の刀剣を構える右側のレッドキャップに向かって、ドカドカと短い足で乱暴に近づく将軍は、宣戦布告だとばかりにレッドキャップの深紅色の帽子をむしり取るように剥ぎ取ると、それをそのまま地面へと叩き付けた。
 これにはいつも職務を共にしているプリオでさえ驚いてしまっているのだ、ゴブリン達に至っては尚の事であろう。

 将軍の予想だにしない行動で一瞬呆気に取られてしまうレッドキャップであったが、怒りの奇声と共に手に持つ幅広の刀剣を将軍の頭上へと振り下ろす。
 将軍は機敏な動きで大きく後方に跳躍しレッドキャップの攻撃を避けると、刀剣を振りかざし猛然と襲い来るレッドキャップに向かって突進しながら、今は姿の見えないギギへと声を上げるのである。

「喰らわしてやるぞ! ギギちゃん!」
「グギギィギィーー!」

 すっかりと花びらに埋もれていたギギは叫び声を上げて将軍に呼応すると、これ以上は無いというタイミングと位置で将軍の目の前に勢いよく飛び出して来る。
 複雑な機構で組み上がっているギギの体の繋ぎ目が光り出すと、その光は膨れ上がるように強く眩しいものとなって行った。
 刀剣を振りかざして襲い来るレッドキャップ目掛けて飛び上がった将軍は、光り輝くギギの体を空中で素早く掴むと、奇声を上げるレッドキャップの開かれた口の中にギギの体を思い切りねじ込んで行く。

「どうだこんにょヤロー、これが死の味だ」
「ゴ、ブゥ・・・ ゴブッ、ゴォ」

 奇想天外な将軍の攻撃を受けて苦しそうに目を白黒とさせながら吐き出そうとするレッドキャップであったが、ギギの体が大きな光を放ち手榴弾のように爆ぜると、その浅黒い緑色の肉体は粉々へと吹き飛んでしまう。
 辺りには吹き飛んだレッドキャップの焦げた肉塊がボタボタと落ち、真っ赤な血の雨がポタポタと降り注いでいた。
 そんな中で大きな口を不気味に歪ませ冷淡な声で吐き出される将軍の言葉が、ゴブリン達に経験の無い恐怖を煽るのである。

「ブッぷぷぷ・・・ みんなまとめて掛かって来い。ゴブゴブにしてやるぞ」

 地獄からの使者のような不気味で冷酷な笑みを浮かべる将軍の姿に、ゴブリン達はすっかりと怯えてしまっている。
 将軍がもたらした恐怖で震える彼等の目には、虹色に煌めく将軍の角が悪魔の角に重なって見えているに違いなかった。
 しかし、それは残るもう一匹のレッドキャップを除いてはである。

 完全に戦闘態勢に入っていたはずの将軍には隙が生まれていた。
 それはゴブリンの中でも上位種であるレッドキャップを倒した事から来る油断ではなく、粉々になったレッドキャップの肉塊と血が何故か蒸発し始めたからである。
 蒸発する勢いは次第に増して行き、レッドキャップの粉々になった体が消え去った後には、直径で縦三センチ程の一粒の乳白色をした鉱物が残されていた。

「これは一体どういう事なんだ? ゴブゴブが、蒸発して消えたぞ!?」
「将軍閣下、その石は?」
「っん!? 魔物のゴブゴブがどうして石を残すんだ?」

 プリオの声で鉱物を不思議そうに拾い上げた将軍は、覗き込むようにして鉱物に見入っている。
 その傍らでは爆ぜてバラバラになっていたギギの体のパーツがカタカタと震え出すと、強力な磁力にでも引かれるようにして体の中心にあった黄金へと集まり、瞬く間に組み上がって元の姿を取り戻すのである。

「ギギギギ、ギッ?」

 急速で自己再生したギギは乳白色をした鉱物の存在に気付くと、将軍の手から奪うようにして食らい付きそのまま飲み込んでしまう。
 体内に入れた鉱物に反応を示したのか、ギギの体の中央に埋め込まれている黄金が揺れるように光ると、将軍はレッドキャップが残した鉱物の正体に気付くのであった。

「これは魔鬼マオニから取れる鬼豊石きほうせきじゃないか!」
「どうして鬼豊石なんかが!?」

 想像もしていなかった鉱物の正体に驚いたのは、将軍だけでなくプリオも同じであった。
 そして将軍とプリオは一つの結論に至る事となる。

「将軍閣下、このレッドキャップは!」
「・・・擬鬼モドキだな」

 二人が最悪の結論に至ったその時、いつの間にか視界から消えていた残る一匹のレッドキャップが、将軍の死角である背後から幅広の刀剣を振りかぶり急襲せんとする。
 しかし、将軍は完全に不意を突かれた筈なのに、まるで驚く様子もなく不敵に笑うのである。

「ブッぷぷぷ、あたしの目から逃れるなんてことは、出来ないんだぞ」
「モッドォキャアーー!」

 何を戯言をと言わんばかりに咆哮するレッドキャップは、将軍の頭から真っ二つに切り裂く勢いで固く握り締めた凶刃を振り下ろした。






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